賃貸物件では、ゴキブリやネズミ、ハチの巣の駆除、定期的な消毒、受水槽の清掃といった衛生管理の費用が定期的にかかります。さらに、シロアリの被害が見つかったときや、入居者の孤独死・事故の後の特殊清掃のように、突然まとまった費用が必要になることもあります。
害虫駆除・消毒・特殊清掃の費用は、多くの場合その期の経費になります。ただし、被害を機に行う修繕や内装の入替えが資本的支出に当たらないか、費用を相続人や保険会社から回収した場合にどう処理するか、決算書のどこに表示するかは、整理しておかないと判断がぶれやすいところです。この記事では、税務・会計・銀行の3つの視点で解説します。
- 害虫駆除・定期消毒・受水槽清掃などの衛生管理費は、役務の提供を受けた期の経費
- シロアリ被害の駆除・原状回復は原則として修繕費。性能を高める部分は資本的支出。修繕費か資本的支出かは金額の多寡でなく実質で判定する(平成元年10月6日裁決)
- 自宅のシロアリ被害は雑損控除の対象になり得るが、賃貸用の建物は雑損控除ではなく必要経費で扱う
- 孤独死・事故後の特殊清掃と原状回復は原則として修繕費。相続人・保証人・保険から費用を回収したら、法人は益金、個人は必要経費を補てんする部分が収入
- 臨時・多額の原状回復費をどの区分に表示するかは実態次第。銀行には一過性の費用であることを説明できるようにしておく
費用の種類と税務上の扱い
| 費用 | 内容の例 | 税務上の扱い |
|---|---|---|
| 定期の害虫駆除・消毒 | 共用部・専有部の定期消毒、ネズミ・ゴキブリ駆除 | 役務の提供を受けた期の経費 |
| 臨時の駆除 | ハチの巣の撤去、害虫の大量発生時の駆除 | 同上 |
| 受水槽・排水管の清掃 | 受水槽清掃、排水管の高圧洗浄 | 同上 |
| シロアリ駆除・防蟻処理 | 薬剤散布、ベイト工法 | 施工した期の経費。複数年分の役務を前払いした場合は未経過分を前払費用 |
| シロアリ被害部分の修繕 | 被害を受けた土台・床の補修 | 原則として修繕費。性能向上部分は資本的支出 |
| 特殊清掃・消臭 | 孤独死・事故後の清掃、オゾン脱臭 | 原則として修繕費 |
| 汚損した内装の張替え | クロス・床材・畳の交換 | 原状回復なら修繕費 |
| 残置物の撤去 | 賃貸人が負担した処分費用 | 原則として経費(費用負担の合意を書面で残す) |
修繕費か資本的支出か
被害を機に行う工事は、修繕費と資本的支出の区分が問題になります。法人では、1つの修理・改良等の費用が20万円に満たない場合や、おおむね3年以内の周期で行われる場合は修繕費として処理でき(法人税基本通達7-8-3)、区分が明らかでない場合も60万円未満または前期末取得価額のおおむね10%以下であれば修繕費とすることができます(法人税基本通達7-8-4)。個人にも同様の取扱いがあります(所得税基本通達37-12、37-13)。
これらの形式基準に当てはまらない場合は、工事の内容で判断します。被害部分を元の状態に戻す工事は修繕費、被害を機に耐久性の高い材料に入れ替える、間取りを変える、設備のグレードを上げるといった部分は資本的支出になりやすいと考えます。修繕費と資本的支出の判断全般は修繕費と資本的支出の判定事例、一般向けの解説は修繕費と資本的支出の違いをご覧ください。
前払いした場合
シロアリの防蟻処理では、施工時に代金を一括で払い、5年程度の保証が付く契約がよくあります。施工そのものが完了していれば、施工した期の経費とするのが基本です。一方、定期点検や再施工を含む複数年の役務を前払いした契約であれば、期末に提供を受けていない部分は前払費用になります。契約書で、何に対する対価なのかを確認してください。
法人と個人の違い
| 項目 | 法人 | 個人(不動産所得) |
|---|---|---|
| 衛生管理費・駆除費 | 損金 | 必要経費 |
| シロアリ被害の修繕 | 修繕費または資本的支出(法基通7-8-1〜7-8-4) | 同左(所基通37-10〜37-13) |
| 自宅部分の被害 | 役員社宅なら会社の資産として処理 | 自宅部分は雑損控除の対象になり得る(賃貸部分とは分ける) |
| 建物の一部を取り壊した場合 | 除却損 | 資産損失。事業的規模でなければ必要経費算入に限度あり(所得税法51条4項) |
| 相続人・保険からの費用補てん | 益金 | 必要経費を補てんする部分は総収入金額(所得税法施行令30条かっこ書) |
自宅なら雑損控除、賃貸なら必要経費
国税庁の質疑応答事例では、居住用の家屋のシロアリ被害は、所得税法施行令9条の「害虫その他の生物による異常な災害」に当たり、修繕費用と駆除費用は雑損控除の対象になるとしています。ただし、被害を事前に防止するための費用や、駆除とともに行う予防のための費用は雑損控除の対象になりません(国税庁 質疑応答事例「シロアリの駆除費用」)。
雑損控除は生活用の資産が対象で、不動産所得を生ずべき業務の用に供される資産は対象外です。賃貸用の建物のシロアリ被害は、駆除費用・修繕費用ともに不動産所得の必要経費として処理します。予防目的の費用も、賃貸用の建物であれば維持管理費として必要経費になります。自宅と賃貸部分がある併用住宅では、被害箇所や床面積の比で自宅部分と賃貸部分を分けて考えます。
特殊清掃と原状回復、費用の回収
賃貸人が負担した費用
入居者の孤独死や事故の後には、特殊清掃、消臭、汚損した床材・クロスの交換、残置物の撤去などが必要になります。部屋を元の状態に戻すための費用は、原則として支出した期の修繕費です。一方、これを機に間取りの変更や水回り設備の全面入替えを行う部分は、資本的支出になり得ます。退去時の原状回復とリノベーションの区分は退去時の原状回復とリノベーションの違いで詳しく解説しています。
残置物の撤去は、相続人の同意や契約の定めに基づいて行う必要があり、法律面の手続きは弁護士・管理会社と確認します。税務上は、誰の費用として誰が負担したかを、合意書や請求書で明らかにしておくことが大切です。
相続人・連帯保証人・保険から回収した場合
賃貸人が負担した原状回復費用を、相続人や連帯保証人に請求したり、賃貸人向けの保険(孤独死・事故に備える保険など)から保険金を受け取ったりすることがあります。
- 法人:受け取った損害賠償金・保険金は益金。支払った修繕費は損金
- 個人:所得税法施行令30条は、資産の損害に基因して受ける保険金や、突発的な事故により資産に加えられた損害についての損害賠償金を非課税としつつ、その中に必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合は、その部分を非課税から除くとしています。原状回復費用を必要経費にしたうえで補てんを受けた場合、補てん部分は不動産所得の総収入金額になります
- 家賃の補償:空室期間の家賃を補償する保険金などは、業務の収益の補償として受け取るものであり、法人は益金、個人は不動産所得の総収入金額です(所得税法施行令94条1項2号)
敷金から原状回復費用を差し引いて精算した場合も、差し引いた金額は賃貸人の収入として扱います。保険金や損害賠償金の扱いの詳細は入居者の過失による損傷の修繕と保険金・損害賠償金で整理しています。
消費税
心身や資産に加えられた損害の発生に伴って受ける損害賠償金は、資産の譲渡等の対価に当たらず不課税です(消費税法基本通達5-2-5)。保険金も同様に不課税です。
ただし、敷金・保証金から原状回復工事の費用相当額を差し引いて精算する場合は注意が必要です。国税庁は、賃借人には退去時の原状回復義務があるため、賃借人に代わって賃貸人が原状回復工事を行うことは賃借人に対する役務の提供に当たり、差し引く費用相当額は課税の対象になるとしています(国税庁 質疑応答事例「建物賃貸借に係る保証金から差し引く原状回復工事費用」)。同じ「費用の回収」でも、損害賠償として受け取るのか、原状回復義務の履行に代わる工事の対価として受け取るのかで、消費税の扱いが変わります。合意書や精算書で、どちらの性格の金銭かを明らかにしておきます。
賃貸人が支払う駆除・清掃・修繕の費用は課税仕入れですが、住宅のみの建物では、個別対応方式で非課税売上げにのみ要するものとなり、原則として仕入税額控除はできません。
公表裁決事例と国税庁の質疑応答
害虫駆除や特殊清掃の費用そのものを争点にした公表裁決は見当たりませんでしたが、被害後の修繕を判断するうえで参考になる事例があります。
平成元年10月6日裁決(裁決事例集No.38・46頁):外壁等の補修工事は修繕費
- 要旨:資本的支出と修繕費の区分は、支出金額の多寡によるのではなく、その実質によって判定する。鉄筋コンクリート造の店舗共同住宅の外壁等への樹脂注入工事等は建物全体にされたものではなく、塗装工事等は建物の通常の維持・管理に必要な修繕の範ちゅうに属するから修繕費とした。補修面の美装工事も、特別に上質な材料を用いたものではないとして修繕費とした
- 確認先:国税不服審判所 公表裁決事例要旨(所得税法関係・不動産所得・修繕費)
被害を受けた部分だけを元の材料・仕様で直す工事は、金額が大きくても修繕費と判断される余地があります。逆に、被害を機に仕様を引き上げる部分は資本的支出です。工事の見積書で、補修部分と仕様変更部分を分けてもらうと説明しやすくなります。
国税庁 質疑応答事例「シロアリの駆除費用」
前述のとおり、自宅のシロアリ被害については、修繕費用と駆除費用が雑損控除の対象、予防のための費用は対象外とされています。賃貸用の建物とは制度の入口が違うことを押さえておきます。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る会計上の扱いと決算書の表示
税務上は、駆除・清掃・原状回復の費用が損金・必要経費になるか、資本的支出として資産に計上すべきかが論点です。一方、決算書の表示区分は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って判断します。法人税法22条4項も、収益・費用の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算するとしています。
| 費用 | 主な表示 | 考え方 |
|---|---|---|
| 定期の害虫駆除・消毒・受水槽清掃 | 賃貸原価または販管費 | 毎期経常的に発生する運営費 |
| シロアリ被害の駆除・通常規模の修繕 | 賃貸原価または販管費(修繕費) | 通常の維持管理の範囲 |
| 大規模なシロアリ被害の修繕、事故後の大規模な原状回復 | 金額・頻度により特別損失への表示を検討できる場合がある | 臨時・多額かどうかは実態次第 |
| 性能向上部分 | 建物(資本的支出) | 減価償却で期間配分 |
| 相続人・保険からの回収額 | 営業外収益または特別利益 | 対応する費用の区分との関係を考える |
企業会計原則の注解12では、臨時損益であっても、金額が僅少なものや毎期経常的に発生するものは経常損益に含めることができるとされています。シロアリの大規模な被害や事故後の大規模な原状回復は臨時的な性格を持ちますが、物件数が多く毎年どこかで発生しているなら経常的な費用とみるのが自然です。税務上は損金算入が認められるかが論点になる一方、販管費か特別損失かは企業会計の基準に沿って判断する必要があり、どの区分にできるかは取引の実態次第です。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
| 処理 | 営業利益・経常利益 | 純資産 | 銀行への説明 |
|---|---|---|---|
| 修繕費として販管費に計上 | その期に減る | 減る | 一過性であることを補足する |
| 特別損失に表示(実態が臨時・多額の場合) | 影響なし | 減る | 中身を注記・説明資料で示す |
| 資本的支出として資産計上 | 減価償却費の分だけ減る | すぐには減らない | 工事内容の説明が必要 |
| 保険金・賠償金で回収 | 区分による | 回収分だけ戻る | 回収見込みと時期を示す |
著書のモデルでは、償却前の利益や債務償還年数「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」が評価の中心になります。突発的な原状回復費用で、その期だけ経常利益が落ち込むことはあり得ます。表示区分を工夫するより、どの物件で何が起きたか、費用はいくらで、回収見込みはどうか、再発防止策は何かを説明資料にまとめておくほうが、銀行の理解は得られやすいと考えます。
また、事故のあった部屋は募集条件を見直すことがあり、家賃の下落や空室期間がレントロールに表れます。費用だけでなく、その後の収支の見通しもあわせて説明できるようにしておきます。
実務のチェックポイント
- 定期の衛生管理費は毎期同じ科目で処理する:物件ごとの運営費の推移が見えるように
- シロアリ被害は見積書で補修部分と性能向上部分を分ける:修繕費か資本的支出かの根拠
- 防蟻処理の契約内容を確認する:施工完了で経費か、複数年の役務の前払いか
- 自宅部分と賃貸部分を分ける(個人):自宅は雑損控除、賃貸は必要経費
- 特殊清掃・残置物撤去は合意書・請求書を残す:誰の費用を誰が負担したか
- 回収額を収入に計上する:法人は益金、個人は必要経費の補てん部分が総収入金額
- 家賃補償の保険金は収入:所得税法施行令94条1項2号
- 臨時・多額の費用は表示区分を決算前に相談する:特別損失にできるかは実態次第
経費全般は不動産賃貸業で経費にできるもの一覧、共用部の清掃費や光熱費は共用部の電気代・清掃・植栽管理の処理もあわせてご覧ください。
まとめ
- 害虫駆除・消毒・受水槽清掃などの衛生管理費は、役務の提供を受けた期の経費
- シロアリ被害の修繕は原則として修繕費。性能を高める部分は資本的支出で、判定は金額ではなく実質による
- 自宅のシロアリ被害は雑損控除の対象になり得るが、賃貸用の建物は必要経費で扱う
- 特殊清掃・原状回復は原則として修繕費。相続人・保証人・保険から補てんを受けたら、法人は益金、個人は必要経費の補てん部分が収入になる
- 表示区分は実態で判断し、銀行には一過性の費用と回収見込み、その後の収支を説明する
突発的な費用が出た期の決算書をどう整え、銀行にどう説明するかは、早めに相談いただくほど選択肢が広がります。不動産投資家向けサービスでご相談ください。
