賃貸物件を購入すると、ほぼ必ず火災保険に加入し、多くの場合は地震保険も付けます。保険料は1年ごとに払うより数年分を一括で払うほうが割安になることが多く、購入時にまとめて支払う投資家も少なくありません。
問題は、その一括払いの保険料をいつ経費にするかです。「払った年に全額経費にしてよい」と考えている方もいますが、原則は期間按分です。この記事では、法人と個人の処理、満期返戻金のある積立型の扱い、決算書での表示、銀行からの見え方を整理します。
- 長期一括払いの保険料は、その期の期間に対応する部分だけが経費。残りは前払費用として資産に計上し、期間の経過に応じて経費にする
- 短期前払費用の特例は、支払日から1年以内に提供を受ける役務が対象。数年分の一括払いには使えない
- 保険期間3年以上で満期返戻金のある積立型は、積立保険料部分を満期・解約まで資産計上する(法人税基本通達9-3-9、所得税基本通達36・37共-18の2)
- 賃貸用建物の地震保険料は地震保険料控除の対象外。必要経費として期間に応じて計上する
- 決算書では、1年以内の部分は流動資産の前払費用、1年を超える部分は長期前払費用に区分する
税務上の扱い:期間按分が原則
なぜ一括で経費にできないのか
保険料は、保険期間にわたって保険という役務の提供を受けるための対価です。法人税・所得税のいずれでも、まだ提供を受けていない期間に対応する保険料は前払費用であり、その期の損金・必要経費にはなりません。
ただし、法人税基本通達2-2-14・所得税基本通達37-30の2には、支払った日から1年以内に提供を受ける役務に係る前払費用を支払った場合に、継続してその支払った期の費用としていれば認めるという取扱い(短期前払費用の特例)があります。1年契約の保険料を毎年支払う場合はこれが使えますが、5年分・10年分の一括払いは1年を超えるため対象外です。
計算例
たとえば、12月決算の法人が7月1日に5年分(60か月)の火災保険料60万円を一括で支払った場合です(数字は説明のための仮定)。
| 期間 | 経費(損金)にする額 | 期末の前払費用残高 |
|---|---|---|
| 1年目(7月〜12月の6か月) | 6万円 | 54万円 |
| 2年目〜5年目(各12か月) | 各12万円 | 42万円→30万円→18万円→6万円 |
| 6年目(1月〜6月の6か月) | 6万円 | 0円 |
月数で按分するのが一般的です。保険証券に記載された保険期間と保険料、払込日を確認して計算します。
積立型(満期返戻金あり)の保険
保険期間が3年以上で、保険期間満了後に満期返戻金を支払う定めのある損害保険契約(長期の損害保険契約)は、保険料の中に積立部分が含まれています。
- 法人:支払った保険料のうち積立保険料に相当する部分は、保険期間の満了または解約・失効の時まで資産に計上し、その他の部分は期間の経過に応じて損金に算入する(法人税基本通達9-3-9)
- 個人:業務の用に供している建物等に係る長期の損害保険契約について、業務用部分に対応する保険料のうち積立保険料部分は資産、その他の部分は期間の経過に応じて必要経費(所得税基本通達36・37共-18の2)
積立保険料と危険保険料の区分は、保険料払込案内書や保険証券の添付書類などに記載されているところによります。保険事故で保険金を受け取っても、契約が失効しない限り、資産計上している積立保険料は損金になりません(法人税基本通達9-3-12)。
法人と個人の違い
| 項目 | 法人 | 個人(不動産所得) |
|---|---|---|
| 掛捨ての長期一括払い | 期間按分。未経過分は前払費用 | 期間按分。未経過分は前払費用 |
| 1年以内の前払い | 短期前払費用の特例(法基通2-2-14) | 短期前払費用の特例(所基通37-30の2) |
| 積立型 | 積立部分は資産(法基通9-3-9) | 業務用部分の積立部分は資産(所基通36・37共-18の2) |
| 自宅と賃貸の併用住宅 | 法人所有なら全体が対象(役員の居住部分は社宅の扱いを検討) | 賃貸部分に対応する保険料のみ必要経費 |
| 地震保険料控除 | 該当なし | 賃貸用建物は対象外 |
| 保険金を受け取った場合 | 益金。代替資産の取得に充てた場合は圧縮記帳の制度あり | 損失の額から控除。家賃の補償など収入に代わるものは総収入金額 |
| 消費税 | 保険料は非課税で、仕入税額控除の対象外 | 同左 |
地震保険料控除の対象は、居住者や生計を一にする親族が所有する、常時その居住の用に供する家屋や生活に通常必要な家具などの生活用動産を保険の目的とする契約です。賃貸用の建物にかけた地震保険は対象になりません。
被災して保険金を受け取った場合の処理は災害による修繕費・災害損失の処理で解説しています。
途中解約・物件の売買があったときの処理
長期一括払いの保険は、物件を売却したり、保険を見直したりして途中で解約すると、未経過期間に応じた解約返戻金が戻ることがあります。
| 場面 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 途中解約して解約返戻金を受け取った | 前払費用・長期前払費用の残高を取り崩し、返戻金との差額を損益として計上 | 前払費用の残高と返戻金を整理し、差額を不動産所得の計算に反映 |
| 物件の売却に伴い、保険契約を買主に引き継いだ | 未経過分の精算金を受け取り、前払費用の残高と相殺 | 同左。精算金の扱いは売買契約の定めを確認 |
| 中古物件の購入時に、売主の保険契約を引き継いだ | 支払った精算金は前払費用として計上し、残りの保険期間で費用化 | 同左 |
| 保険会社を切り替えて新たに長期契約を結んだ | 旧契約の残高を整理し、新契約を改めて期間按分 | 同左 |
売却時に前払費用の残高を整理し忘れると、決算書に実体のない資産が残ります。銀行は、こうした残高の正しさも含めて貸借対照表の信頼性を見ています。物件を売買した期は、保険契約の扱いを売買契約書・精算書と突き合わせて確認してください。
なお、法人が受け取る解約返戻金は、法人の収益として益金に算入されます。個人の場合、業務用の資産に係る保険の返戻金は、前払いしていた必要経費の戻りとして不動産所得の計算の中で整理するのが基本ですが、積立型で満期返戻金や解約返戻金に積立部分が含まれる場合は、一時所得の計算との関係を確認する必要があります。
関連する裁決事例
保険料の前払いそのものを争点とした公表裁決は見当たりませんが、同じ「契約に基づいて継続的に役務の提供を受けるための費用」の考え方を示した事例があります。
平成19年2月27日裁決(裁決事例集No.73・353頁):信用保証料は前払費用
- 要旨:信用保証料は、一定の契約に従い継続して役務の提供を受けるために支出した費用に当たるというべきであり、事業年度末において未経過の保証期間に対応する額は、前払費用とすることが相当であるとした事例(法人税)
- 確認先:国税不服審判所 平成19年2月27日裁決
保証期間にわたって保証という役務を受ける信用保証料と、保険期間にわたって保険という役務を受ける保険料は、期間に応じて費用にするという点で同じ構造です。融資に伴う保証料の処理は銀行に払う費用の処理と期間按分でも扱います。
昭和60年1月28日裁決:借入れの際の生命保険料
- 要旨:医師が医院建築資金を銀行から借り入れる際に締結した生命保険契約に係る支払保険料は、家事上の経費に該当し、事業所得の金額の計算上必要経費とはならないとした事例
- 確認先:国税不服審判所 公表裁決事例要旨(所得税法関係・家事費、家事関連費)
建物にかける損害保険と違い、借入れに伴って個人が加入する生命保険の保険料は、業務用の資産に係る費用とは見られなかった事例です。個人の不動産投資で団体信用生命保険の保険料を別に支払っている場合も、必要経費にできるかは慎重に判断が必要です。団体信用生命保険と不動産投資もあわせてご覧ください。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る会計上の扱いと決算書の表示
前払費用と長期前払費用
企業会計でも、一定の契約に従い継続して役務の提供を受ける場合に、まだ提供されていない役務に対して支払った対価は前払費用として資産に計上し、期間の経過に応じて費用にします。決算書では、貸借対照表日の翌日から1年以内に費用となる部分は流動資産の「前払費用」、1年を超えて費用となる部分は投資その他の資産の「長期前払費用」として表示するのが一般的です。
| 計算例(5年一括60万円、1年目末) | 金額 | 表示区分 |
|---|---|---|
| 当期の保険料 | 6万円 | 販管費(保険料) |
| 翌期に費用となる部分 | 12万円 | 流動資産(前払費用) |
| 翌々期以降に費用となる部分 | 42万円 | 固定資産・投資その他の資産(長期前払費用) |
| 積立型の積立保険料 | 契約による | 投資その他の資産(保険積立金など) |
「資産は上に」の正しい使い方
著書では、BSの整え方として「資産は上に、負債は下に」という原則を紹介しています。流動資産÷流動負債の流動比率が、銀行の安全性指標として重視されるためです。
ただし、表示区分は企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って判断するもので、長期前払費用を全額流動資産に入れて流動比率をよく見せる、といった処理はできません。1年基準で正しく区分したうえで、現預金を厚くする、短期借入を長期借入に借り換えるなど、中身を改善するのが本来の考え方です。どの区分にするかは取引の実態次第なので、顧問税理士・会計の専門家と確認してください。BSの表示については「資産は上に、負債は下に」:流動比率と長期借入の考え方で詳しく解説しています。
銀行からの見え方
| 処理 | 営業利益 | 現預金 | 資産 |
|---|---|---|---|
| 正しく期間按分 | 毎期一定の保険料で平準化 | 支払時に一括で減る | 前払費用・長期前払費用として残る |
| 誤って全額を支払時の費用 | 支払った期だけ大きく下がる | 支払時に一括で減る | 残らない |
期間按分すれば、保険料は毎期ほぼ同じ額になり、営業利益の見え方が安定します。物件を取得した期に諸費用が重なる中で、保険料まで一括で費用にすると、取得初年度の利益が必要以上に落ち込み、ICRや償却前利益が弱く見えます。
一方、一括払いは支払時に現預金を減らします。銀行の格付けでは現預金の厚さも見られるため、割引率と手元資金のバランスを考えて、一括払いの期間を決めることも大切です。なお、火災保険で契約できる保険期間の上限は以前より短くなっているため、具体的な契約期間と保険料は保険会社や代理店に確認してください。
実務のチェックポイント
- 保険証券で保険期間・保険料・払込日を確認する:按分計算の基礎
- 掛捨てか積立型かを確認する:満期返戻金の有無、積立保険料の額
- 短期前払費用の特例が使えるかを確認する:1年以内の役務か、継続適用しているか
- 自宅併用の場合は賃貸部分を分ける:床面積の比などで按分
- 地震保険料控除と混同しない:賃貸用建物の保険料は必要経費
- 決算書で前払費用と長期前払費用を区分する:1年基準で表示
- 売却・解約時の処理を確認する:解約返戻金、買主との精算、前払費用残高の整理
物件取得時の費用全体は物件取得時の諸費用一覧、経費の一覧は不動産賃貸業で経費にできるもの一覧をご覧ください。
まとめ
- 火災保険・地震保険の長期一括払いは期間按分が原則。未経過分は前払費用
- 短期前払費用の特例は1年以内の役務が対象で、数年分の一括払いには使えない
- 満期返戻金のある積立型は、積立保険料部分を資産計上する
- 賃貸用建物の地震保険料は地震保険料控除の対象外で、必要経費として計上する
- 決算書では前払費用と長期前払費用を1年基準で区分する。流動比率は中身の改善で高めるもので、区分を変えて見せるものではない
物件取得時の諸費用や保険料の処理を、税務と決算書の両面から整えたい場合は、不動産投資家向けサービスでご相談ください。
