新築アパートの竣工、中古物件の引渡し、設備の入替え。賃貸経営では、建物や設備を「いつから減価償却するか」を決める場面が何度もあります。基準になるのは、取得した日でも代金を払った日でもなく、「事業の用に供した日」です。
「事業の用に供した日」は、条文に定義がありません。竣工した日なのか、引渡しを受けた日なのか、入居者の募集を始めた日なのか、最初の入居者が入った日なのか。期末の直前に竣工した物件では、この日付ひとつで償却費が数か月分変わり、場合によっては期をまたぎます。この記事では、賃貸物件の減価償却の開始時期を、法人と個人の違い、太陽光発電設備とフェンスで判断が分かれた裁決事例、建設仮勘定の会計処理、そして初年度の決算書が銀行からどう見えるかまで整理します。
- 減価償却は「取得した日」ではなく「事業の用に供した日」から始まる。事業の用に供していない資産は、減価償却資産に当たらない(法人税法施行令13条)
- 判断の物差しは、その資産をその属性に従って本来の目的のために使用を開始したか(平成30年6月19日裁決)。賃貸建物なら、完成・引渡しを受け、入居者の募集を始めた段階が一つの目安
- 期の中途で事業の用に供した場合は月数按分(法人:法人税法施行令59条、個人:所得税法施行令132条)。1か月未満の端数は1か月
- 判断は資産ごと。同じ現場でも、建物・附属設備・構築物で事業供用日が分かれることがある
- 竣工が期末直前・期をまたぐ場合、初年度の決算書は実態より弱く見える。建設仮勘定の内訳と、竣工後の収支見込みを銀行に示す準備をしておく
減価償却は「取得した日」ではなく「事業の用に供した日」から
法人税法2条23号は、減価償却資産を「建物、構築物、機械及び装置……その他の資産で償却をすべきものとして政令で定めるもの」と定め、これを受けた法人税法施行令13条は、事業の用に供していないものを減価償却資産から除いています。所得税でも同じ考え方で、業務の用に供していない資産は減価償却の対象になりません。
つまり、建物を買って登記を済ませ、代金を全額払っていても、事業(業務)に使い始めるまでは減価償却費を計上できません。この「使い始めた日」が事業の用に供した日(事業供用日)です。
事業供用日で変わること
賃貸経営で、事業供用日によって変わる主なものは次のとおりです。
- 初年度の償却費の月数(期の中途で事業の用に供した場合は月数按分)
- 償却を始める期(期末をまたげば、償却の開始は翌期になる)
- 中古資産の耐用年数の見積り(簡便法)で使う経過年数の基準時点
- 特別償却や税額控除などの特例で「事業の用に供した日」が要件になっている場合の適用の可否
一方で、事業供用日と関係なく決まるものもあります。たとえば消費税の仕入税額控除の時期は、原則として資産の引渡しを受けた日(課税仕入れを行った日)で判断され、事業の用に供した日ではありません。居住用賃貸建物の仕入税額控除の制限も、取得の時点の状況で判断します。税目ごとに「どの日付で判断するか」が違う点に注意が必要です。
税務上の扱い:法人と個人の違い
事業供用日の考え方は法人も個人も同じですが、償却費の計上の仕方や、関連する手続きには違いがあります。
| 項目 | 法人 | 個人(不動産所得) |
|---|---|---|
| 減価償却資産から除かれるもの | 事業の用に供していないもの(法人税法施行令13条) | 業務の用に供していないもの(所得税法施行令6条) |
| 期の中途で供用した場合 | 月数按分(法人税法施行令59条) | 月数按分(所得税法施行令132条) |
| 月数の数え方 | 暦に従い、1か月未満の端数は1か月 | 同じ |
| 償却費の計上 | 損金経理した金額のうち償却限度額までが損金(任意償却) | 償却費は必ず必要経費に算入(強制償却) |
| 建物の償却方法 | 定額法(平成10年4月1日以後取得) | 定額法(同左) |
| 建物附属設備・構築物 | 定額法(平成28年4月1日以後取得) | 定額法(同左) |
| 事業供用前に払った借入利息 | 期間費用か取得価額への算入かの検討が必要 | 業務開始前か後かで扱いが変わる |
| 関連する届出 | 設立届・青色申告の承認申請など | 開業届、青色申告の承認申請(新たに業務を始めた場合は、原則として業務開始日から2か月以内) |
月数按分の例
3月決算の法人が、新築アパートの引渡しを受けて3月25日に入居募集を始めたとします。この場合、事業の用に供した日から期末までの月数は「1か月未満」なので1か月とし、初年度の償却費は年間の償却費の12分の1になります。仮に募集の開始が4月にずれ込めば、その期の償却費はゼロで、償却は翌期から始まります。
個人の場合は暦年で考えます。12月中に入居募集を始めた建物は、その年は1か月分の償却費を必要経費に算入します。個人は償却が強制なので、計上を忘れた場合でも、その年分の償却費はなかったものとして未償却残高が減っていきます。法人のように「今期は償却しないでおく」という選択はできません。
「入居募集を始めた日」が重要になる理由
賃貸物件の場合、引渡しを受けた日と入居募集を始めた日が近ければ問題になりにくいのですが、次のようなケースでは差が出ます。
- 引渡しを受けた後、内装工事や設備の追加工事をしてから募集を始めた
- 中古物件を取得し、空室のまま数か月かけてリフォームしてから募集を始めた
- 自宅として使っていた建物を、しばらく空き家にしてから賃貸に出した
最後のケースのように、個人が非業務用(自宅など)で使っていた建物を賃貸に転用した場合は、所得税法施行令85条により、それまでの期間の減価を、法定耐用年数の1.5倍の年数に対応する旧定額法の償却率で計算し、業務の用に供した日の未償却残高を求めます。いずれの場合も、事業供用日を後から説明できるように、仲介会社への募集依頼の日付、募集図面や広告の掲載日などを残しておくことが大切です。
裁決事例:太陽光発電設備とフェンスで判断が分かれた(平成30年6月19日裁決)
事業供用日が正面から争われた公表裁決事例として、国税不服審判所の平成30年6月19日裁決があります(国税不服審判所:平成30年6月19日裁決)。賃貸物件そのものの事案ではありませんが、賃貸マンションとの比較が判断の中で示されている点で、不動産投資家にとっても参考になります。
事案の概要
再生可能エネルギーによる発電・売電を行う法人が、太陽光発電設備と、その敷地を囲むフェンス等の引渡しを決算期末の直前(平成28年3月28日)に受け、その期に普通償却と特別償却を行って申告しました。ところが、電力会社の系統に接続する工事(系統連系)が完了して売電を始めたのは、期をまたいだ平成28年9月28日でした。原処分庁は、その期には事業の用に供していないとして償却費を否認しました。
審判所の判断
審判所は、まず法令解釈として、資産を事業の用に供したと認められるか否かは、業種、業態、その資産の構成及び使用の状況を総合的に勘案し、その資産をその属性に従って本来の目的のために使用を開始したといえるか否かによって判定するのが相当としました。
そのうえで、判断は資産ごとに分かれました。
| 資産 | 審判所の判断 | 理由の要点 |
|---|---|---|
| 発電システム本体(パネル・パワーコンディショナー・受変電設備) | その期には事業の用に供していない | 本来の目的は売電。系統連系の工事が終わるまでは、物理的に電力を系統に供給できず、売電できない状態だった |
| フェンス等 | その期に事業の用に供した | 発電システム本体とは物理的にも機能的にも一体ではない別個の減価償却資産。引渡しの日から、侵入防止という本来の目的で使用が始まっていた |
請求人は、国税庁のホームページにある「賃貸マンションの場合には、建物が完成し、現実の入居者がなかった場合でも、入居募集を始めていれば事業の用に供したものと考えられる」という趣旨の例示を引用し、太陽光発電も同じ収益構造だと主張しました。これに対して審判所は、賃貸用マンションは建物が完成し入居者を募集した段階で物理的にその本来の目的に沿った使用が可能な状態であるのに対し、発電設備は系統連系が終わらなければ売電に供し得ない点で状況が異なる、として主張を退けています。
また、請求人が引用した法人税基本通達7-1-3(稼働を休止している資産の取扱い)についても、審判所は、一度事業の用に供した資産がその後休止した場合の取扱いであり、一度も事業の用に供したことのない資産には当てはまらない、と判断しました。結論として、フェンス等に係る部分だけが取り消され、処分の一部が取り消されています。
賃貸経営への示唆
この裁決から、賃貸経営の実務に引き直せるポイントは次の3つです。
- 「引渡しを受けた」だけでは足りないことがある。本来の目的(賃貸)のために使える状態になり、使い始めたかが問われる
- 賃貸建物は、完成して入居者の募集を始めた段階で事業の用に供したと考えられやすい。逆に、募集を始めていない期間は説明が難しくなる
- 判断は資産ごと。建物、建物附属設備、外構の構築物(フェンス・駐車場の舗装など)を別々の資産として台帳に載せていれば、それぞれの使用開始の状況で判断される
ただし、この裁決は個別の事実関係に基づく判断です。賃貸物件でも、たとえば建物は完成したが行政の検査や設備の接続が終わらず、入居させられる状態にない場合など、事情によって結論は変わり得ます。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る会計上の扱い:建設仮勘定と、決算書の表示
税務と会計は別の物差し
ここまでは税務上の話でした。決算書の作り方は、企業会計の基準、つまり一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って考えます。会社法431条は、株式会社の会計は「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うものとし、法人税法22条4項も、収益・費用の額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算すると定めています。中小企業では、「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する要領」が実務の拠り所になります。
税務上「損金になるか」と、決算書の「どの区分に、いつ載せるか」は、別の問いです(詳しくは税務上の損金と企業会計(GAAP)の違い)。
竣工前は「建設仮勘定」、竣工後に本勘定へ
新築の場合、工事の着手金や中間金は、完成・引渡しまでは建設仮勘定(有形固定資産の一項目)として計上し、減価償却はしません。完成・引渡しを受けた段階で、建物・建物附属設備・構築物などの本勘定に振り替え、使用を開始した時点から減価償却を始めます。
実務で注意したいのは次の点です。
- 振替のタイミング:引渡しを受けているのに建設仮勘定のまま残していると、減価償却の開始が遅れるだけでなく、銀行から「まだ完成していない物件」に見えます
- 区分の内訳:振り替えるときに、見積書・請負契約書をもとに建物と附属設備・構築物を分けておく(建物と建物附属設備・構築物の区分)
- 建設中の利息と開業前の費用:取得価額に含めるか期間費用にするかで、初年度の利益と資産の額が変わる(建築中の借入利息の扱い、新築の竣工前後に出る費用の扱い)
なお、法人税基本通達7-1-4は、建設中の建物等で建設仮勘定として表示されているものでも、その完成した部分が事業の用に供されているときは、その部分は減価償却資産に該当するとしています。複数棟を順に竣工させる場合や、店舗部分だけ先に使い始める場合などは、部分ごとの事業供用日を意識する必要があります。
銀行からの見え方:初年度の決算書は実態より弱く見える
事業供用日の判断は、税額だけでなく、決算書を通じて銀行の評価にも影響します。
竣工が期末直前・期をまたぐ場合に起きること
竣工が期末の直前だったり、期をまたいだりすると、その期の決算書には次のような特徴が出ます。
| 指標 | 竣工前後の期に起きやすいこと | 銀行が受け取る印象 |
|---|---|---|
| 売上高(賃料収入) | ほとんど計上されない | 事業規模の割に売上が小さい |
| 営業利益・経常利益 | 建設中の利息や開業準備の費用で赤字になりやすい | 赤字の会社に見える |
| 償却前利益(キャッシュフロー) | 賃料がないため小さい | 返済原資が乏しく見える |
| 債務償還年数 | 借入は増えているのにキャッシュフローが小さく、極端に長くなる | 返済能力が低く見える |
| 有形固定資産・建設仮勘定 | 大きく増える | 資産の中身が確認できないと評価しにくい |
減価償却費そのものは、償却前利益で見ればキャッシュフローに影響しません(減価償却費と銀行の見方)。問題は、賃料収入がまだ立ち上がっていない期の数字が、そのまま格付けの材料になってしまうことです。著書のモデルでは、債務償還年数は(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で計算し、10年以内が健全、20年超は厳しいとしています。竣工前後の期は、この数字が一時的に大きく崩れます。
銀行への説明で用意したいもの
一時的な要因であることを伝えるには、数字で説明できる資料を決算書に添えるのが効果的です。
- 建設仮勘定・新規取得資産の内訳(物件名、取得価額、竣工・引渡し・募集開始の日付)
- 竣工後のレントロールまたは募集条件と、満室時の年間賃料の見込み
- 返済額と賃料を並べた資金繰り表(竣工後12か月程度)
- 翌期の着地見込み(賃料が通年で入った場合の経常利益・償却前利益)
決算期の決め方によっては、竣工が期末直前になることを避けられる場合もあります。大きな新築案件がある年は、竣工予定日と決算期の位置関係を、着工前から税理士と確認しておくと安心です。
実務のチェックポイント
事業供用日をめぐって後から困らないために、取得・竣工のたびに次の点を確認してください。
| 確認すること | 残しておく証拠の例 |
|---|---|
| 引渡しを受けた日 | 引渡書(建物引渡証明書)、鍵の受領書、売買の決済・引渡しの書類 |
| 使える状態になった日 | 検査済証、設備の接続・試運転の記録、残工事の完了報告 |
| 入居募集を始めた日 | 仲介会社への募集依頼書、ポータルサイトの掲載日、募集図面 |
| 資産ごとの区分 | 見積書・請負契約書の内訳、固定資産台帳の資産ごとの供用日 |
| 期の中途の供用 | 月数按分の計算(1か月未満の端数は1か月) |
| 建設仮勘定の振替 | 引渡しを受けた資産が建設仮勘定に残っていないか |
| 転用(自宅→賃貸など) | 転用の日、それまでの使用状況、未償却残高の計算 |
| 銀行への説明 | 竣工前後の期の数字が一時的であることを示す資料 |
固定資産台帳の作り方は固定資産台帳の作り方と按分根拠の残し方で解説しています。中古物件の耐用年数の考え方は中古物件の減価償却と耐用年数の計算もご覧ください。
まとめ
- 減価償却は「取得した日」ではなく「事業の用に供した日」から始まる。事業の用に供していない資産は減価償却資産に当たらない
- 判断の物差しは、その資産を属性に従って本来の目的のために使用を開始したか。賃貸建物は、完成・引渡しを受けて入居募集を始めた段階が一つの目安
- 平成30年6月19日裁決では、引渡し後も売電できなかった発電設備は事業供用が否定され、独立して機能したフェンスは認められた。判断は資産ごとに行われる
- 期の中途の供用は月数按分(1か月未満は1か月)。個人は強制償却、法人は損金経理が前提
- 会計上は、竣工までは建設仮勘定、引渡し後に本勘定へ振り替える。税務と会計の判断は分けて考える
- 竣工前後の期の決算書は実態より弱く見えやすい。建設仮勘定の内訳と竣工後の収支見込みを銀行に示す準備をしておく
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