一棟物件を長く持つなら、外壁・屋上防水・給排水管・エレベーターなど、数年から十数年ごとに大きな修繕がやってきます。そこで「長期修繕計画を作り、毎年少しずつ修繕引当金を積めば、税金も平準化できるのでは」というご相談を受けることがあります。
結論から言うと、修繕引当金の繰入額は、税務上は損金にも必要経費にもなりません。それでも、長期修繕計画を作り、会計上の引当金や現預金の積立てで備えることには意味があります。この記事では、長期修繕計画の作り方の目安、税務上の扱い(法人と個人)、会計上の引当金の要件と税効果、同族管理会社への「修繕積立金」が争われた裁決事例、銀行からの見え方を整理します。大規模修繕の年の処理と表示区分は大規模修繕と特別損失で扱っています。
- 修繕引当金の繰入額は、法人は損金不算入、個人は必要経費不算入。税務上は、修繕が終わって債務が確定した年に修繕費(または資本的支出)として処理する
- 会計上は、企業会計原則の注解18の4要件を満たせば修繕引当金を計上できる。税務とのずれは申告書で調整し、税効果の扱いも検討する
- 同族の管理会社に預ける「修繕積立金」は、本人の了解で取り崩す預り金なら経費にならない(平成27年11月4日裁決)
- 銀行が見るのは修繕の資金を実際に持っているか。長期修繕計画と現預金の確保をセットで示す
一棟物件の長期修繕計画の作り方
分譲マンションでは、国土交通省の「長期修繕計画作成ガイドライン」(令和6年6月改定)が、計画期間を30年以上で、かつ大規模修繕工事が2回含まれる期間以上とするよう示しています。一棟の賃貸物件には法的な作成義務はありませんが、工事項目の洗い出しや期間の取り方の参考になります。国土交通省は賃貸住宅についても、平成31年3月に「賃貸住宅の計画的な維持管理及び性能向上の推進について~計画修繕を含む投資判断の重要性~」を公表しています。
一棟物件で計画に入れておきたい主な項目は次のとおりです。
| 区分 | 主な工事項目 | 税務上の論点 |
|---|---|---|
| 建物の外回り | 外壁塗装・補修、屋上・バルコニー防水、シーリング | 周期的な修繕か、性能を高める工事か |
| 給排水・電気 | 給水ポンプ、給排水管の更生・更新、受変電設備 | 一部取替えと旧部分の除却 |
| 昇降機・駐車設備 | エレベーターのリニューアル、機械式駐車場の更新・撤去 | 新たな資産の取得か資本的支出か、除却損 |
| 共用部・外構 | 共用廊下・階段、舗装、フェンス、植栽 | 構築物の耐用年数 |
| 専有部 | 退去時の原状回復、設備の入替え | 修繕費か資本的支出か |
計画は、工事の時期と金額の見積りに加えて、その工事が修繕費になりそうか、資本的支出になりそうかの見込みまで書いておくと、各年の利益と納税額の予測に使えます。判定の考え方は修繕費と資本的支出の違いと判定フロー、外壁・防水は外壁塗装・屋上防水は修繕費か資本的支出か、昇降機・駐車設備は昇降機・EV充電設備・機械式駐車場の耐用年数を参照してください。
税務上の扱い:引当金は損金にならない
債務確定の考え方
法人税法22条3項2号は、販売費・一般管理費その他の費用について、償却費以外の費用で事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除くとしています。将来の修繕に備える引当金の繰入額は、まだ修繕が行われておらず債務が確定していないため、損金になりません。
債務が確定しているかどうかは、法人税基本通達2-2-12(個人は所得税基本通達37-2)で、次の3つをすべて満たすかで判定します。
- 期末(年末)までにその費用に係る債務が成立していること
- 期末(年末)までにその債務にもとづいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること
- 期末(年末)までにその金額を合理的に算定できること
期末に工事が完了していれば、請求書が翌期に届いても未払修繕費として計上できます。一方、工事が始まっていない、あるいは途中の段階では、見積書があっても原則として損金になりません。
法人と個人の比較
| 項目 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 修繕引当金の繰入額 | 損金不算入(申告書で加算) | 必要経費不算入(そもそも計上しない) |
| 修繕が完了した年 | 修繕費部分が損金。引当金の取崩額は申告書で減算 | 修繕費部分が必要経費 |
| 資本的支出部分 | 資産計上して減価償却 | 同左 |
| 区分所有の修繕積立金 | 一定の要件のもとで支払時の損金 | 一定の要件のもとで支払期日の年分の必要経費 |
| 根拠 | 法人税法22条3項・4項、法人税基本通達2-2-12 | 所得税法37条、所得税基本通達37-2 |
区分所有マンションの管理組合に払う修繕積立金は、規約で返還されないことなど一定の要件を満たせば支払時に経費になります。これは管理組合という別の主体に支払い、返還されないからです。要件は区分所有マンションの修繕積立金は支払時に経費になるかで解説しています。
裁決事例:同族管理会社への「修繕積立金」(平成27年11月4日裁決)
- 出典:国税不服審判所 平成27年11月4日裁決[裁決全文]
- 事案:不動産貸付業を営む個人が、妻が代表取締役を務める管理会社と管理委託契約を結び、委託料とは別に「修繕積立金」や、設備の修繕費・貸室リフォーム代金の名目で毎月定額を支払い、不動産所得の必要経費に算入していた。契約では、修繕積立金は本人からの預り金として管理会社の会計とは切り離して積み立て、取崩しには本人の了解が必要とされていた。また、本人がすべての区分所有権を持つ物件の管理組合からも、同じ管理会社に修繕積立金が支払われていた
- 判断:修繕積立金は、支払った時点ではなお本人の資産としての性質を有し、具体的な給付をすべき原因が発生しておらず債務は確定していないとして、必要経費に算入されないとした。その後に修繕が行われて積立金が使われたと認めるに足る証拠もないとした。構成員が本人だけの管理組合も、形式上の存在にすぎず経済的には本人と同一視できるとして、同様に判断した。毎月定額の修繕費・リフォーム代金も、支出の内容が分かる証拠がなく、修繕やリフォームが行われたと認定できないとして、必要経費に算入されないとした
- 示唆:一方で、同じ裁決は、管理組合が存在し、規約上、区分所有者に納入義務があって使用の有無にかかわらず返還されない修繕積立金は、資産としての性質を失っているので支払期日の年分の必要経費にできるとして、扱いを区別しています。自分で取り崩せるお金は、名目が積立金でも自分の資産だということです。同族管理会社との取引の注意点は管理委託料・BM費・PM費の税務処理と決め方でも扱っています
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る会計上の扱い:引当金の4要件と税効果
注解18の4要件
会計処理は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って行います。会社法431条は「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うことを求めており、税務上の損金にならないものでも、会計上は費用として計上すべき場合があります。
企業会計原則の注解18は、次の4つを満たす場合に、当期の負担に属する金額を当期の費用または損失として引当金に繰り入れるとし、その例に修繕引当金を挙げています。中小企業の会計に関する指針や要領でも、引当金は同じ考え方で整理されています。
- 将来の特定の費用または損失であること
- その発生が当期以前の事象に起因すること
- 発生の可能性が高いこと
- その金額を合理的に見積もることができること
建物の使用による劣化に対応する計画修繕は、この要件に当てはめて検討できます。ただし、長期修繕計画の見積りに根拠がなく、工事の時期も決まっていないような場合は、金額を合理的に見積もれるとはいえません。計画の精度が、引当金の根拠になります。
税効果と継続性
修繕引当金を計上すると、会計上の利益と税務上の所得がずれます(繰入時は所得のほうが大きく、取崩時に逆転する)。このずれに税効果会計を適用するかどうかも含めて、会計方針として決めます。いったん引当金を計上する方針をとったら、利益の出た年だけ積むといった使い分けはしないことが前提です。
銀行からの見え方
引当金と現預金は別物
| 備え方 | 損益計算書 | 貸借対照表 | 銀行の見え方 |
|---|---|---|---|
| 修繕引当金を計上 | 毎期、繰入額が費用(営業利益が下がる) | 負債に引当金。純資産は減る | 修繕への備えを意識している点は伝わるが、お金が残るわけではない |
| 現預金を積み立てる | 影響なし | 現預金が増える | 実際の修繕資金。流動性と返済余力の裏づけになる |
| 何もしない | 工事の年に費用が集中 | 工事の年に現預金が大きく減る | 工事の年の利益の落ち込みと資金繰りに説明が必要 |
修繕引当金を積むと、毎期の営業利益と純資産は下がります。税務上の損金にならないため、税金も減りません。銀行によっては、引当金の性格を見て実態の評価で調整することもありますが、少なくとも決算書の数字だけを見れば利益と純資産は小さく映ります。引当金を計上するなら、計画と計算根拠を説明できるようにしておくことが大切です。
修繕に備える現預金は返済能力の評価にも効く
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金-現預金)÷(経常利益+減価償却費-法人税等)」で見ています。現預金を積み上げると分子が小さくなり、債務償還年数が改善します。修繕に備えて現預金を厚くしておくことは、修繕のためだけでなく、返済能力の評価を支えることにもなります。
著書では「資産は上に、負債は下に」という貸借対照表の考え方も紹介しています。流動比率(流動資産÷流動負債)を意識し、現預金のような流動性の高い資産を厚くするという意味です。修繕の資金を計画的に確保しておけば、工事の年に現預金が急に減って流動比率が崩れることを防げます。考え方は「資産は上に、負債は下に」とは、現預金の計画は資金繰り表の作り方を参照してください。
実務のチェックポイント
- 物件ごとに、30年程度を見通した長期修繕計画(工事項目・時期・概算金額)を作ったか
- 各工事が修繕費・資本的支出のどちらになりそうかの見込みを、計画に書き込んだか
- 法人で修繕引当金を計上する場合、注解18の4要件を満たす根拠(計画の精度)があるか
- 引当金の繰入額を、法人税の申告書で加算しているか。取崩時の減算も確認したか
- 期末の未払修繕費は、工事の完了など債務確定の3要件を満たすものに限ったか
- 同族管理会社への「積立金」名目の支払いが、自分で取り崩せる預り金になっていないか
- 修繕に備える現預金を、計画に沿って確保しているか。銀行に計画と残高を示せるか
まとめ
- 修繕引当金の繰入額は、法人は損金不算入、個人は必要経費不算入。修繕が終わって債務が確定した年に処理する
- 会計上は、注解18の4要件を満たせば修繕引当金を計上できる。計画の精度が根拠になり、税効果と継続性も検討する
- 同族管理会社への「修繕積立金」は、本人の了解で取り崩す預り金なら経費にならない。区分所有の管理組合への積立金とは区別される
- 銀行が重視するのは実際の修繕資金。現預金の積立ては債務償還年数や流動比率の改善にもつながる
長期修繕計画の作成から、修繕の処理方針、銀行に示す資金計画まで、不動産投資家向けサービスでご相談いただけます。
