受託ソフトウェア開発やSES(システムエンジニアリングサービス)は、企業のDXやシステム更新の需要に支えられて成長してきた業界です。一方で、エンジニアの採用難と単価の上昇、多重下請の構造、赤字プロジェクトのリスクなど、中小企業ならではの経営課題を抱えています。
この記事では、受託ソフトウェア開発・ITサービス業の経営を公的な統計で整理したうえで、決算書の特徴、銀行が融資で見るポイント、2026年1月施行の取適法や偽装請負の注意点、収益計上やソフトウェアの償却など税務の論点、事業承継・M&Aまでを、税理士・公認会計士の立場から解説します。
- 情報サービス業の売上高は43兆5,014億円(2024年)。受託開発(元請・下請)が売上の約半分を占める
- 情報処理・通信技術者の有効求人倍率は1.33倍、新規求人倍率は2.88倍(2026年8月)。DX人材が不足とする企業は85.5%
- 公庫の調査では、小規模な受託開発企業の経常利益率は平均−1.5%、黒字企業の平均は7.4%。自己資本比率は平均−11.7%と、二極化が大きい
- 2026年1月に取適法が施行。手形払いの禁止や一方的な価格決定の禁止など、受託側の立場は強くなった。SESでは偽装請負に注意
- 銀行が見るのは、稼働率・単価・取引先の分散・売掛金の回収。担保が少ない分、月次の数字で説明できるかが勝負
ITサービス業の今:需要は堅調、課題は人材
| 指標 | 数字 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 情報サービス業の売上高 | 43兆5,014億円(うちソフトウェア受注制作 元請38.8%、下請9.8%) | 総務省・経済産業省「2025年経済構造実態調査」(2024年の1年間) |
| 情報通信業の企業等の数 | 65,603(事業所85,992、従業者216.9万人) | 総務省・経済産業省「令和6年経済センサス‐基礎調査」(2024年) |
| 情報処理・通信技術者の求人倍率 | 有効1.33倍、新規2.88倍(パートを含む常用、原数値) | 厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年8月分)」 |
| DXを推進する人材の量が不足とする企業 | 85.5% | IPA「DX動向」(2025年度調査、2026年7月公表) |
出典:総務省・経済産業省「2025年経済構造実態調査 二次集計 結果の概要」、総務省「令和6年経済センサス‐基礎調査 結果の概要」、厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年8月分)」、IPA プレスリリース(2026年7月16日)
経済産業省は2018年の「DXレポート」で、古い基幹システムを放置すると2025年以降に大きな経済損失が生じるおそれがあると指摘しました(いわゆる「2025年の崖」)。システムの刷新やクラウド移行の需要は、今も受託開発の大きな柱です。
一方、課題は人材です。エンジニアの求人倍率は全職業の平均を上回り、採用コストと給与水準が上がっています。生成AIの活用は大企業を中心に進んでおり、IPAの調査ではAIを導入している企業は従業員1,001人以上で約8割、101人以下では16.6%にとどまります。AIを使った生産性の向上を、単価や納期の交渉材料にできるかどうかが、中小のIT企業の今後を左右しそうです。
中小IT企業の収益構造と決算書の特徴
原価のほとんどは「人」
受託開発やSESの原価は、エンジニアの人件費と外注費です。設備や在庫はほとんどなく、売上総利益率が高く見える一方で、販売費及び一般管理費に計上される人件費も含めると、売上の大半が人に関わる費用になります。
| 指標 | 全体平均(607社) | 黒字かつ自己資本プラス企業の平均(328社) |
|---|---|---|
| 売上高経常利益率 | −1.5% | 7.4% |
| 人件費対売上高比率 | 45.7% | 40.6% |
| 売上高総利益率 | 73.2% | 73.5% |
| 自己資本比率 | −11.7% | 34.6% |
| 受取勘定回転期間 | 1.4か月 | 1.5か月 |
| 従業者1人当たり売上高 | 1,360万円 | 1,515万円 |
出典:日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」(2025年度調査)受託開発ソフトウェア業(公庫の融資先で従業者50人未満の法人。決算は2024年7月以降)
全体の平均では赤字で自己資本もマイナスですが、黒字企業に絞ると、経常利益率7.4%、自己資本比率34.6%と健全な水準です。同じ業種の中で、利益が出る会社と出ない会社の差が非常に大きいことが分かります。違いを生むのは、エンジニア1人当たりの売上(単価と稼働率)と、赤字プロジェクトを出さない管理です。
決算書に表れる業界特有のポイント
- 売掛金:月末締め・翌月末払いが多く、売上の1〜2か月分の売掛金が常にある。元請からの入金が遅れると、給与の支払いに直結する
- 仕掛品:請負の開発で、決算日に引き渡していない案件の原価は仕掛品になる。仕掛品が積み上がっている場合、赤字案件が隠れていないかを銀行は気にする
- 外注費:多重下請の中間に立つ会社は、外注費の比率が高く、粗利が薄くなりやすい
- ソフトウェア(無形固定資産):自社サービスを開発している場合、資産に計上した開発費が回収できるかが問われる
銀行はIT企業のどこを見るか
運転資金:売掛金と給与の「時間差」
IT企業の資金需要の中心は、給与の支払いと売掛金の入金の時間差を埋める運転資金です。受取勘定回転期間が1.4か月なら、売上が月1,000万円増えれば、それだけで1,400万円程度の運転資金が新たに必要になる計算です。成長している会社ほど、資金が足りなくなるのがこの業界の特徴で、増員や新規案件の前に借入枠を確保しておくことが大切です(運転資金の融資の考え方)。
返済能力と業界特有のリスク
著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で、10年以内が健全、20年超は厳しいと見られます。設備の少ないIT企業は減価償却費が小さいため、経常利益そのものがどれだけ安定しているかが評価の中心になります。
銀行がIT企業に特有のリスクとして見るのは、次のような点です。
- 取引先の集中:売上の大半を1〜2社の元請に依存していないか(取引先の集中リスク)
- 稼働率と単価:待機のエンジニアが増えると、すぐに赤字になる
- 赤字プロジェクト:見積りの甘さや仕様変更で、1件の失敗が年間の利益を消すことがある
- 担保の少なさ:不動産などの担保がないため、保証協会付き融資や公庫が中心になりやすい
- 代表者への依存:営業と技術の両方を社長が担っていないか
決算書に加えて、エンジニアごとの稼働状況と単価、取引先別の売上、受注残を毎月まとめておくと、銀行の理解を得やすくなります。審査全般は銀行融資の審査で見られるポイントも参考にしてください。
取引のルール:取適法と偽装請負
2026年1月施行の取適法(中小受託取引適正化法)
下請法が改正され、2026年1月1日から「中小受託取引適正化法(取適法)」として施行されました。プログラムの作成や情報処理の委託も対象で、受託側の中小IT企業にとっては、取引条件を見直す材料になります。
| 主な改正点 | 内容 |
|---|---|
| 一方的な代金決定の禁止 | 価格の協議に応じない、必要な説明をしないまま代金を決めることを禁止 |
| 手形払いの禁止 | 手形払いを禁止。期日までに満額の現金化が難しい電子記録債権・ファクタリングも不可 |
| 振込手数料 | 受託側に負担させることを禁止 |
| 対象の拡大 | 資本金に加え、従業員数の基準(300人/100人)を追加 |
出典:公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法)」、経済産業省「情報サービス・ソフトウェア産業における中小受託適正取引等の推進のためのガイドライン」(2025年12月改訂)
人件費の上昇を単価に反映できないことは、中小IT企業の利益を圧迫してきた大きな要因です。価格交渉の記録(いつ、何を根拠に、どう申し入れたか)を残しておくことは、取適法のもとでの交渉にも、銀行への説明にも役立ちます。また、フリーランスのエンジニアに発注する側としては、2024年11月施行のフリーランス・事業者間取引適正化等法により、取引条件の明示や60日以内の支払いが求められる点にも注意が必要です。
SESと偽装請負
SESは準委任契約の形をとることが多いですが、発注者が受注側のエンジニアに直接指揮命令をすれば、実態は労働者派遣と判断されます。厚生労働省の疑義応答集では、発注者が技術者を指名することも不適切とされ、2026年5月にはアジャイル型以外のシステム開発にも同じ考え方が当てはまることが明記されました(厚生労働省「37号告示に関する疑義応答集(第3集)」)。偽装請負は、M&Aの調査でも必ず確認される論点です。
IT企業特有の税務・会計の論点
収益の計上時期:請負と準委任で違う
請負で成果物を引き渡す開発は、原則として引渡しの日に売上を計上します(法人税基本通達2-1-21の7)。一方、準委任のように役務の提供に応じて対価が発生する契約は、提供した期間に応じて計上するのが基本です。なお、税務上の「工事」にはソフトウェアの開発も含まれ、期間1年以上・請負対価10億円以上などの要件を満たす長期大規模な開発は工事進行基準が強制されます(国税庁 法人税基本通達 第2章第1節)。
決算期末に検収が翌期にずれる案件は、売上と原価の両方が翌期になります。検収の時期で利益が大きく動くため、銀行には受注残と検収予定もあわせて説明するのが有効です。
ソフトウェアの償却
自社サービスや社内システムとして使うソフトウェアの耐用年数は5年、複写して販売するための原本と研究開発用は3年です(国税庁 No.5461 ソフトウエアの取得価額と耐用年数)。自社サービスの開発に乗り出す場合、研究開発税制の対象になる費用もあるため(国税庁 No.5442)、開発の記録を残しておくことが大切です。
外注先への支払いと消費税
個人のエンジニアに支払う報酬について、国税庁が源泉徴収の対象として挙げる報酬・料金(No.2792)にプログラムの作成は含まれていません。ただし、デザインや原稿の作成が含まれる契約は対象になることがあるため、契約の内容で判断します。
海外のクラウドサービスなど、事業者向けの電気通信利用役務の提供は、受け手が消費税を申告するリバースチャージ方式です。ただし、一般課税で課税売上割合が95%以上の期間や、簡易課税の期間は、当分の間、申告も仕入税額控除も不要とされています(国税庁 No.6118)。
事業承継・M&A:価値は「人」と「契約」
IT企業は、設備ではなく人と取引関係が価値の源泉です。そのため、事業承継やM&Aでは次の点が重視されます。中小企業の第三者承継は広がっており、事業承継・引継ぎ支援センターの成約件数は2024年度に2,132件となっています(中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援事業」事業評価報告書)。
| 論点 | 買い手が確認すること |
|---|---|
| キーパーソン | 技術の中心となるエンジニアや、元請との関係を持つ営業担当が承継後も残るか(キーパーソンの引き留め) |
| 取引先との契約 | 経営者の交代で契約を見直す条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)がないか |
| 偽装請負・労務 | SESの実態、未払残業代、フリーランスとの取引条件 |
| 知的財産 | 開発したソフトウェアの権利が誰にあるか、外注先との契約で権利が移転しているか |
| 赤字プロジェクト | 仕掛品・受注残に損失が見込まれる案件がないか |
株式譲渡であれば契約や雇用はそのまま会社に残りますが、事業譲渡では契約の結び直しと従業員の同意が必要です。M&Aの全体の流れは中小企業M&Aの件数と最近の傾向、社長への依存を減らす考え方はオーナー依存のリスクもご覧ください。
経営者が今やっておきたいこと
- エンジニアごとの稼働率・単価と、1人当たり売上を毎月把握している
- 取引先別の売上を把握し、上位1社への依存度を下げる計画がある
- 取適法を踏まえ、人件費の上昇を根拠にした単価交渉を記録とともに行っている
- SESの現場で、発注者からの直接の指揮命令がないかを確認している
- 案件ごとの原価管理をし、赤字案件を早期に把握できる
- 決算期末の検収予定と仕掛品の内容を、銀行に説明できる
- 成長に合わせて、運転資金の借入枠を先に確保している
- 開発したソフトウェアの権利関係と、主要な取引先との契約条項を整理している
ほかの業界の動向は、建設業(総合工事業・工務店)、診療所・クリニックでも解説しています。
まとめ
- 情報サービス業の売上高は43.5兆円で、システム刷新やDXの需要は堅調。最大の課題はエンジニアの確保
- 小規模な受託開発企業は、平均では赤字だが、黒字企業の経常利益率は7.4%。稼働率・単価・案件管理で差がつく
- 2026年1月施行の取適法で、一方的な価格決定や手形払いが禁止された。単価交渉の材料として活用したい
- 収益計上は請負(引渡し)と準委任(期間)で異なる。ソフトウェアの償却は自社利用5年、販売用原本3年
- 承継・M&Aでは、キーパーソン、取引先との契約、偽装請負、知的財産が価値を左右する
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