診療所(クリニック)は、地域の医療を支える身近な存在であると同時に、院長が経営者でもある「中小企業」です。診療報酬は国が決める公定価格のため、物価や賃金が上がっても、自院の判断で値上げすることはできません。そこに人件費の上昇と、院長の高齢化による承継の問題が重なっています。
この記事では、診療所・クリニックの経営を厚生労働省などの統計で整理したうえで、決算書の特徴、銀行が融資で見るポイント、消費税や概算経費の特例など税務の論点、医療法人の持分を含む事業承継までを、税理士・公認会計士の立場から解説します。
- 一般診療所は105,702施設(2026年7月末)。無床が約95%。開設者は医療法人が48,704、個人が37,940で、医療法人化が進んでいる
- 医療経済実態調査では、医療法人の無床診療所の損益率(平均)は9.3%→5.4%(2023→2024年度)と低下。給与費の比率が上がっている
- 2026年度の診療報酬改定は本体+3.09%(2年度平均)。増額の中心は賃上げのためのベースアップ評価料で、「取れる体制」かどうかで差がつく
- 保険診療は消費税が非課税で、医薬品・機器の消費税はコストになる。個人・医療法人には概算経費の特例や事業税の非課税がある
- 診療所で働く医師の平均年齢は60.1歳。持分あり医療法人は58.6%残り、出資持分の評価と、保険医療機関の指定の引継ぎが承継の鍵
診療所の今:施設数は横ばい、個人から医療法人へ
| 指標 | 数字 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 一般診療所数 | 105,702施設(有床4,998、無床100,704) | 厚生労働省「医療施設動態調査」(2026年7月末概数) |
| 開設者別 | 医療法人48,704、個人37,940 | 同上 |
| 1年間の開設・廃止 | 開設7,035、廃止6,501(2023年10月〜2024年9月) | 厚生労働省「令和6年医療施設(動態)調査」 |
| 診療所に従事する医師 | 111,699人、平均年齢60.1歳 | 厚生労働省「令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計」(2024年12月31日) |
| 2026年度診療報酬改定 | 本体+3.09%(2026・2027年度の平均。2026年度+2.41%)、薬価等▲0.87% | 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」(2025年12月) |
出典:厚生労働省「医療施設動態調査(令和8年7月末概数)」、同「令和6年医療施設(動態)調査の概況」、同「令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」、同「令和8年度診療報酬改定について」
診療所の数は、毎年7,000前後が開設され、6,000〜7,000が廃止される「入れ替わり」の中で、全体としては横ばいです。中身を見ると、有床診療所が減り、無床診療所が増えていること、そして個人立が減り、医療法人立が増えていることが特徴です。2024年10月時点で、医療法人立の診療所は前年より994増え、個人立は489減りました。
2026年度の診療報酬改定は、本体が2年度平均で+3.09%と、近年では大きな引上げになりました。ただし、その多くは医療従事者の賃上げに充てる前提の評価です。たとえば外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)は、初診時6点から17点に引き上げられ、物価への対応として「外来・在宅物価対応料」が新設されました(2026年6月施行)。一方、初診料は据え置き、再診料は1点の引上げにとどまっています。報酬の増額分を、そのまま利益の増加と考えないことが大切です。
また今回の改定では、外来医師が多い区域で、都道府県知事の要請に従わずに無床診療所を新規開業した場合の減算措置も設けられました。これから開業を考える方は、立地の選び方に制度面の制約が加わったと考えておく必要があります。
診療所の収益構造と決算書の特徴
医療法人の損益率は低下、給与費の比率が上昇
厚生労働省の医療経済実態調査は、診療所の収支を開設者別に調べたものです。
| 区分 | 損益率 2023年度 | 損益率 2024年度 | 中央値 2024年度 |
|---|---|---|---|
| 医療法人(一般診療所全体) | 8.3% | 4.8% | 2.7% |
| 医療法人(無床) | 9.3% | 5.4% | 3.0% |
| 医療法人(有床) | 2.5% | 1.4% | — |
| 個人(一般診療所全体) | 32.0% | 28.8% | 27.2% |
出典:厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告」(2025年11月公表。損益率は新型コロナ関連の補助金を除く)
医療法人(一般診療所全体)の2024年度の医業収益は平均1億8,552万円で前年度より2.1%減り、給与費の比率は48.3%から50.9%に上がりました。患者数が伸びない中で、人件費の上昇を吸収しきれていない姿が見えます。
なお、個人立の損益率が30%前後と高いのは、院長自身の報酬が費用に入っていないためです。個人立の「利益」は、院長の生活費と、借入金の返済、将来の設備投資の原資をすべて含んだものだと理解する必要があります。
小規模な医療法人:中央値でも利益はわずか
日本政策金融公庫の「小企業の経営指標調査」(2025年度調査)は、公庫が融資している従業者50人未満の法人企業が対象です。
| 指標 | 無床診療所(79社) |
|---|---|
| 売上高経常利益率(平均/中央値) | ▲2.3%/0.6% |
| 人件費対売上高比率(平均) | 54.3% |
| 損益分岐点比率(平均) | 104.4% |
| 借入金回転期間(平均) | 6.0か月 |
| 自己資本比率(平均/中央値) | 15.9%/21.3% |
出典:日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」(2025年度調査)医療・福祉
医療法人の場合、院長の役員報酬をいくらにするかで、法人の利益は大きく変わります。経常利益がゼロ近辺でも、院長報酬が高水準であれば、実態としての稼ぐ力は十分ということもあります。決算書だけでは、そこが伝わりません。
銀行は診療所のどこを見るか
開業・設備資金:「何年で回収できるか」
クリニックの開業には、内装工事、医療機器、電子カルテなどで多額の資金がかかり、開業資金の大半を借入やリースでまかなうのが一般的です。著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で、10年以内が健全、20年超は厳しいと見られます。医療機器のリース料も、実質的には借入金の返済と同じように見られる点に注意してください。
運転資金:入金までの「タイムラグ」
保険診療の報酬は、月ごとにまとめて審査支払機関へ請求し、入金は診療の翌々月が一般的です。開業直後は患者数が少ないうえに入金も遅れるため、人件費・家賃の数か月分を運転資金として確保しておくことが欠かせません。資金繰り表の作り方は資金繰り表の作り方で解説しています。
診療所に特有の審査の視点
- 院長への依存:院長が病気やけがで診療できなくなると、売上がほぼ止まる。団体信用生命保険や就業不能時の備えを確認される
- 診療圏と患者数:1日あたりの患者数の推移、新患と再診の比率、競合の開業状況
- 院長報酬と法人の利益の関係:医療法人では、院長報酬・法人の利益・個人の資産をあわせて実態を見られる
- MS法人などとの取引:関連会社への支払いが適正な水準か
- 加算・施設基準の届出:取り消されると売上に直結する
法人の利益が院長報酬の設定で薄くなっている場合は、「院長報酬を一定額に戻したら利益はいくらか」を示すと、銀行の理解を得やすくなります。純資産がマイナスになっている場合の考え方は債務超過の会社は融資を受けられるかも参考にしてください。
診療所特有の税務・会計の論点
消費税:保険診療は非課税、設備の消費税はコストに
健康保険法などにもとづく保険診療は、患者の自己負担分も含めて消費税が非課税です。一方、美容整形、差額ベッド代、市販薬の販売などは非課税になりません(国税庁 No.6201 非課税となる取引)。
保険診療が中心のクリニックでは、医薬品、医療機器、内装工事、家賃にかかった消費税の多くを差し引けず、そのままコストになります。開業や機器更新の資金計画は、消費税込みの金額で立てる必要があります。自費診療の売上が増えてきたら、課税売上高の推移を毎年確認し、消費税の納税義務の判定に備えておきましょう。
社会保険診療報酬の概算経費の特例
社会保険診療報酬が5,000万円以下で、医業などの収入の合計が7,000万円以下の場合、社会保険診療報酬に対応する経費を、実際の金額ではなく収入に応じた率で計算できます(租税特別措置法26条。医療法人は67条)。
| 社会保険診療報酬 | 概算経費率 |
|---|---|
| 2,500万円以下 | 72% |
| 2,500万円超 3,000万円以下 | 70% |
| 3,000万円超 4,000万円以下 | 62% |
| 4,000万円超 5,000万円以下 | 57% |
出典:国税庁「令和7年分 確定申告の手引き」、国税庁 措置法通達 第67条関係(率の区分は速算表による。実際の計算は区分ごとの加算額を含む)
有利かどうかは実際の経費との比較で決まります。注意したいのは、概算経費で計算すると、決算書上の利益と税務上の所得がずれることです。銀行は決算書と申告書の両方を見るため、なぜ差があるのかを説明できるようにしておきましょう。
事業税:社会保険診療報酬は対象外
個人・医療法人とも、社会保険診療報酬に対応する収入と経費は、事業税の所得の計算に入れません(地方税法72条の23、72条の49の12)。自費診療の割合が高くなるほど、事業税の負担が増える仕組みです。
医療法人化:配当はできず、利益は法人に残る
医療法人は、医療法54条により剰余金の配当が禁止されています。利益は法人に積み上がり、院長の手元に移すには役員報酬や退職金によることになります。法人化は、所得の分散や退職金の準備ができる一方で、法人に残した利益は自由に使えないという面もあります。法人化の判断は個人事業主の法人成りのタイミングの考え方に加え、医療法人特有の制約を踏まえて検討することが大切です。
事業承継・M&A:持分と「指定」をどう引き継ぐか
診療所で働く医師の平均年齢は60.1歳で、60〜69歳の層が最も多くなっています(2024年12月時点)。子が医師でない、または勤務医を続けたいという理由で、第三者への承継を検討するケースも増えています。
| 論点 | 内容 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 持分あり医療法人 | 35,104法人(医療法人全体の58.6%) | 厚生労働省「種類別医療法人数の年次推移」(2026年3月31日) |
| 認定医療法人制度 | 持分なし医療法人への移行計画の認定期限は2029年12月31日まで延長。相続税・贈与税の納税猶予等の特例もあわせて延長 | 厚生労働省「持分の定めのない医療法人への移行に関する計画の認定制度」、令和8年度税制改正大綱 |
| 保険医療機関の指定 | 開設者が変わると指定を受け直す。要件を満たせば遡及指定。取扱いは2026年9月から見直し | 関東信越厚生局FAQ、四国厚生支局「指定日の遡及」 |
出典:厚生労働省「種類別医療法人数の年次推移」、同「認定医療法人制度」、関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定等について(FAQ)」、四国厚生支局「保険医療機関等の指定日の遡及」
持分あり医療法人:出資持分の評価が膨らむ
配当ができない医療法人では、利益が内部に積み上がるため、出資持分の評価額が大きくなりやすいのが特徴です。院長が亡くなれば相続税の対象になり、ほかの出資者からは払戻請求を受けるリスクもあります。持分なし医療法人への移行(認定医療法人制度)、退職金の支給による評価の引下げ、後継者への移転の時期を、早めに組み合わせて検討する必要があります。非上場株式の評価の基本は自社株評価の基本で解説しています。
第三者承継:手続きと「人」
個人開業のクリニックを引き継ぐ場合は事業譲渡、医療法人なら出資持分の譲渡と理事の交代という形が一般的です。個人立の場合、開設者が変わるため、保健所への開設届と保険医療機関の指定を受け直す必要があります。遡及指定が認められないと、空白期間に保険診療ができなくなるため、日程の設計が重要です。許認可の考え方は許認可はM&Aで引き継げるか、専門職の事業の承継は士業・専門職の事務所のM&Aもご覧ください。
また、令和8年度税制改正では、医師の確保が必要な区域で承継・開設する診療所の不動産について、登録免許税と不動産取得税の軽減が設けられました(2028年3月までの措置)。対象になるかは、区域の指定と要件の確認が必要です(財務省「令和8年度税制改正の大綱」)。
経営者が今やっておきたいこと
- 1日あたりの患者数、新患・再診の比率、自費診療の割合を月ごとに把握している
- ベースアップ評価料など、2026年度改定で新設・拡充された評価の算定状況を確認している
- 賃上げの計画と、評価料の収入、決算書の給与の金額がつながっている
- 機器・内装の更新計画を、消費税込みの金額とリースを含めた返済額で立てている
- 概算経費の特例を使う場合、決算書と申告書の利益の差を説明できる
- 医療法人の場合、院長報酬を一定とした「実態の利益」を説明できる資料がある
- 持分あり医療法人の場合、出資持分の評価額を把握し、移行や承継の方針を検討している
- 承継の時期と相手(親族・勤務医・第三者)について、候補と期限を決めている
ほかの業界の動向は、介護事業(訪問介護・通所介護)、飲食業(飲食店)でも解説しています。
まとめ
- 一般診療所は約10.6万施設で横ばい。無床・医療法人立が増え、有床・個人立が減っている
- 医療法人の無床診療所の損益率は9.3%から5.4%に低下。給与費の比率が上がっている
- 2026年度改定は本体+3.09%だが、増額の中心は賃上げに充てる評価。算定できる体制づくりが収益を左右する
- 保険診療は消費税が非課税で、設備の消費税はコストになる。概算経費の特例や事業税の扱いなど、医療特有の制度を踏まえた決算書の説明が必要
- 承継では、持分あり医療法人の出資持分の評価と、保険医療機関の指定の引継ぎが重要。早めの準備が選択肢を広げる
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