「後継者がいないので、事務所(クリニック、施設)を誰かに引き継いでほしい」。士業の事務所、医療法人、社会福祉法人の経営者からも、事業承継のご相談は増えています。ところが、これらの組織は、株式会社のように「株式を売れば終わり」とはいきません。
資格がなければ社員になれない士業法人、出資持分がある法人とない法人が混在する医療法人、そもそも持分がなく売買ができない社会福祉法人。それぞれの法律が、誰が経営者になれるか、対価をどう受け取れるかを決めています。
この記事では、士業・医療法人・社会福祉法人のM&Aの特徴を、e-Gov法令検索で確認した条文と厚生労働省の資料、最高裁判決をもとに整理します。
- 士業法人は、社員の資格が法律で限られる(税理士法人の社員は税理士のみ)。買い手は同じ資格者に限られ、顧客との委任契約の引継ぎと守秘義務への配慮が要になる
- 医療法人は、出資持分のある法人とない法人で方法が違う。社員は1人1票、理事長は原則医師。剰余金の配当は禁止で、対価は持分の譲渡か退職金が中心
- 出資持分のある医療法人では、退社した社員が法人財産の評価額に出資割合をかけた額の払戻しを請求できるとした最高裁判決(平成22年4月8日)がある
- 社会福祉法人は持分がなく売買できない。合併(所轄庁の認可)や事業譲渡で引き継ぎ、関係者への特別の利益供与は禁止
- いずれも、許認可・指定の引継ぎ、職員の雇用、地域の利用者への説明を早めに確認する
株式会社のM&Aと何が違うのか
| 株式会社 | 士業法人・個人事務所 | 医療法人 | 社会福祉法人 | |
|---|---|---|---|---|
| 売買の対象 | 株式 | 法人の社員持分(資格者間)、個人事務所は事業 | 出資持分(持分ありの法人)。持分なしの法人は対象なし | なし(持分がない) |
| 経営者の資格 | 原則なし | 社員は資格者に限る | 理事長は原則医師・歯科医師 | 法令・定款に沿った理事・評議員の選任 |
| 議決権 | 株式数に応じる | 社員ごと | 社員1人1個(出資額によらない) | 評議員会・理事会 |
| 利益の分配 | 配当できる | 法人形態による | 剰余金の配当は禁止(医療法54条) | 特別の利益供与は禁止(社会福祉法27条) |
| 主な承継方法 | 株式譲渡・事業譲渡・合併など | 社員の加入・脱退、合併、事業譲渡 | 持分譲渡+社員・理事の交代、合併・分割(知事の認可) | 合併(所轄庁の認可)、事業譲渡、役員の交代 |
株式会社のM&Aの基本はM&Aの進め方の全体像をご覧ください。
士業の事務所・士業法人のM&A
社員になれるのは資格者だけ
税理士法48条の4は「税理士法人の社員は、税理士でなければならない」と定めています。弁護士法人、社会保険労務士法人、司法書士法人なども、それぞれの法律で社員の資格が限られています。そのため、士業法人は資格を持たない会社や投資家が買うことはできず、承継は、資格者の社員の加入と旧社員の脱退、士業法人どうしの合併、個人事務所の事業譲渡といった形になります。
顧客は「引き継げる」とは限らない
士業の事務所の価値の中心は顧客との関係です。しかし、顧問契約は一般に顧客との委任契約で、事務所が替われば、顧客ごとに新しい契約を結び直す必要があります。顧客が承継を受け入れなければ、価値はその分失われます。そのため、士業のM&Aでは、引継期間を設けて旧所長が顧客を紹介する、顧客の継続率に応じて代金を調整する(アーンアウト)、といった工夫がされます(アーンアウト・分割払い)。
守秘義務とデューデリジェンス
税理士法38条は、税理士が業務上知り得た秘密を正当な理由なく漏らすことを禁じ、税理士でなくなった後も同様としています。買い手候補に顧客の情報を開示するときは、顧客名や個別の情報を伏せた形で開示を始め、開示の範囲と時期を慎重に決める必要があります。秘密保持契約の考え方はNDAとノンネームシートで解説しています。
個人事務所の譲渡の税金
個人事務所を事業として譲渡する場合、顧客関係などの対価(営業権)は、売り手の譲渡所得として総合課税の対象になります。法人の株式を売る場合の20.315%の分離課税とは課税方法が違うため、手取りの比較が必要です(会社を売ったら手元にいくら残るか)。
資金調達の考え方
クレフティでは、専門職の事業(年商5,000万円)の9,000万円のM&Aで、政府系金融機関と地方銀行の協調融資により、買収資金と統合後の運転資金を調達したご支援の事例があります。士業の事業は設備などの担保になる資産が少ないため、顧客の継続性と統合後の収支計画をどれだけ具体的に示せるかが、融資の説明の中心になります。買収資金の融資はM&Aの買収資金の融資をご覧ください。
医療法人のM&A
持分のある法人とない法人
医療法人には、出資者が出資持分を持つ「持分あり」の社団医療法人と、持分のない医療法人があります。平成18年の医療法改正(平成19年4月施行)以後は持分のある医療法人を新たに設立できず、それ以前からある持分ありの法人が経過措置として存続しています。
| 持分ありの医療法人 | 持分なしの医療法人 | |
|---|---|---|
| 売買の対象 | 出資持分 | なし |
| 主な承継方法 | 出資持分の譲渡+社員・理事の交代 | 社員・理事の交代 |
| 旧経営陣への対価 | 持分の譲渡代金、役員退職金 | 主に役員退職金 |
| 売り手の税金 | 持分の譲渡益は株式等の譲渡所得(分離課税)。法人からの払戻しはみなし配当になり得る | 退職所得 |
社員は1人1票、理事長は原則医師
医療法46条の3の3は、社員は各1個の議決権を持つと定めています。株式会社と違い、出資の多さで議決権は決まりません。出資持分を買い取っても、社員総会で過半数の社員を押さえなければ法人を運営できないため、持分の譲渡と同時に社員の入退社と理事・理事長の交代を行うのが一般的です。
また、理事長は、原則として医師または歯科医師である理事から選びます(同法46条の6。都道府県知事の認可を受けた場合は例外あり)。医師でない買い手が経営に参加する場合でも、理事長には医師を置く必要があります。
配当はできない
医療法人は剰余金の配当をしてはならないとされています(医療法54条)。株式会社のように、売却前に配当で内部留保を受け取ることはできません。そのため、旧経営陣への対価は、持分の譲渡代金のほか、役員退職金として支払われることが多くなります。退職金は実質的な退職と金額の相当性が問われます(退職金スキームとは)。
合併・分割は知事の認可
医療法人どうしの合併・分割は、社団医療法人では総社員の同意が必要で(医療法58条の2、60条の3)、都道府県知事の認可を受けなければ効力が生じません。
判例:退社した社員への払戻し(最高裁平成22年4月8日判決)
最高裁判所第一小法廷 平成22年4月8日判決(平成20年(受)第1809号、出資金等返還、損害賠償請求事件)は、持分ありの医療法人で、退社した社員の出資の払戻しの額が争われた事件です。定款には、退社した社員は「その出資額に応じて」返還を請求できること、解散時の残余財産は払込出資額に応じて分配することが定められていました。
最高裁は、この定款の規定は、退社時の法人の財産の評価額に、総出資額のうちその社員の出資額が占める割合をかけた額の返還を請求できることを定めたものと解すべきだと判断しました(裁判所ウェブサイト)。
内部留保の厚い持分ありの医療法人では、社員の退社や相続で、多額の払戻請求が生じ得るということです。M&Aで持分を集約する前に、定款の払戻しの規定と、出資者全員の状況を確認しておく必要があります。
保険医療機関の指定と行政手続
個人開設のクリニックを譲渡する場合や、開設者が替わる場合は、開設の届出や保険医療機関の指定の手続が改めて必要になることがあります。手続の空白期間が生じると診療報酬の請求に影響するため、地方厚生局や保健所との事前相談が欠かせません。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る社会福祉法人のM&A
持分がなく、売買できない
社会福祉法人には持分がなく、株式会社のような売買はできません。解散した場合の残余財産は、定款の定めによる帰属先に帰属し、処分されない財産は国庫に帰属します(社会福祉法47条)。経営者が「法人を売って対価を得る」という発想そのものが、制度になじみません。
特別の利益供与の禁止
社会福祉法27条は、社会福祉法人が、評議員、理事、監事、職員などの関係者に特別の利益を与えてはならないと定めています。役員の交代に合わせて、旧理事長などに経営権の対価のような金銭を支払うことは、この規定に反するおそれがあります。
合併と事業譲渡
社会福祉法人は、他の社会福祉法人と合併でき(社会福祉法48条)、合併は所轄庁の認可を受けなければ効力を生じません(同法50条3項)。事業の一部を他の法人に譲渡する方法もあります。また、令和4年4月からは、社会福祉法人などが社員となって連携する社会福祉連携推進法人の制度もあります(同法125条以下)。
厚生労働省は、経営者向けの「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」と、実務担当者向けの「合併・事業譲渡等マニュアル」を公表しており、令和6年9月19日付でマニュアルの改訂版を周知しています(厚生労働省 事務連絡)。手続を始める前に、所轄庁に相談するのが基本です。
3つに共通する注意点
| 確認すること | 内容 |
|---|---|
| 許認可・指定 | 開設許可、事業所の指定、資格者の登録などが承継の方法で引き継げるか |
| 職員の雇用 | 資格を持つ職員が離れると事業が続かない。説明の時期と処遇を決めておく(従業員への伝え方) |
| 利用者・顧客 | 患者、利用者、顧問先への説明と、サービスの継続 |
| 対価の受け取り方 | 持分の譲渡、退職金、事業譲渡の代金など、法律上できる方法と税金を確認 |
| 銀行 | 法人の借入れと経営者の個人保証の扱い(事業承継と経営者保証) |
まとめ
- 士業法人は社員の資格が限られ、買い手は資格者に限られる。顧客の契約は引き継げるとは限らず、守秘義務に配慮して開示を進める
- 医療法人は、持分の有無で方法が違う。社員は1人1票、理事長は原則医師、配当は禁止。合併・分割は知事の認可
- 持分ありの医療法人では、退社社員の払戻しが法人財産の評価額を基に算定されるとした最高裁判決(平成22年4月8日)がある
- 社会福祉法人は持分がなく売買できない。合併・事業譲渡で引き継ぎ、特別の利益供与は禁止
- いずれも、許認可、職員、利用者・顧客への影響を早めに確認する
クレフティでは、士業の事務所や医療法人などの承継について、評価、承継方法と税金の比較、デューデリジェンス、資金調達まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。代表の相亰はM&A仲介会社で役員を務めた経験があり、公認会計士・税理士が税務と評価の両面から検討します。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
