訪問介護や通所介護(デイサービス)は、高齢者の在宅生活を支える身近な介護サービスです。一方で、介護報酬は3年ごとの改定で国が決めるため、価格を自社で上げることができません。そこに深刻な人手不足と、物価・賃金の上昇が重なり、小規模な事業者ほど経営が厳しくなっています。
この記事では、介護事業(訪問介護・通所介護)の経営を厚生労働省などの統計で整理したうえで、小規模な介護事業者の決算書の特徴、銀行が融資で見るポイント、消費税が非課税であることなど税務の論点、指定の扱いを含む事業承継・M&Aまでを、税理士・公認会計士の立場から解説します。
- 訪問介護は37,264事業所、通所介護は24,585事業所(2024年10月)。訪問介護員の有効求人倍率は15.53倍(2022年度)と、人手不足が最大の経営課題
- 厚生労働省の調査では、2024年度決算の収支差率は訪問介護9.6%、通所介護6.2%。ただし赤字の事業所も3割強ある
- 日本政策金融公庫の調査では、小規模な訪問介護事業者の経常利益率は平均−2.0%。事業所の平均と、小規模事業者の実態には差がある
- 報酬は2026年6月に処遇改善分+1.95%の期中改定。2027年度には次の定期改定が控える。加算を取れる体制づくりが収益を左右する
- 介護保険サービスは消費税が非課税。設備投資の消費税はコストになる。承継では、運営法人が変わると新規指定が必要になることが多い
介護事業の今:需要はあるが、担い手が足りない
| 指標 | 数字 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 事業所数 | 訪問介護37,264(前年比1.0%増)、通所介護24,585(横ばい)、地域密着型通所介護18,921(1.2%減) | 厚生労働省「令和6年介護サービス施設・事業所調査」(2024年10月1日) |
| 有効求人倍率 | 訪問介護員15.53倍、施設介護員3.79倍 | 社会保障審議会介護給付費分科会 第220回資料(2022年度、職業安定業務統計) |
| 人手不足を感じる事業所 | 訪問介護員について80.6% | 同上(介護労働安定センター「令和3年度介護労働実態調査」) |
| 2024年度の報酬改定 | 全体+1.59%。訪問介護は基本報酬が引き下げられ、処遇改善加算の率は引き上げ | 厚生労働省 介護給付費分科会資料(2024年1月) |
| 2026年度の期中改定 | 全体+2.03%(処遇改善分+1.95%は2026年6月施行) | 厚生労働省 介護給付費分科会 第253回資料(2026年1月) |
出典:厚生労働省「令和6年介護サービス施設・事業所調査の概況」、社会保障審議会介護給付費分科会 第220回 資料1「訪問介護」、同 第239回 資料1、同 第253回 資料1「令和8年度介護報酬改定について」
訪問介護の事業所は増えていますが、ホームヘルパーの確保は年々難しくなっています。2024年度改定で訪問介護の基本報酬が引き下げられたことは、国会でも取り上げられました。国は、処遇改善加算の拡充で賃金の引上げを進める方針で、2026年度には次の定期改定(2027年度)を待たずに、介護従事者を対象に月1.0万円(3.3%)、生産性向上や協働化に取り組む事業者の介護職員にはさらに月0.7万円を上乗せする措置を講じました。
経営の視点で言えば、報酬の増額分の多くは「賃上げに充てること」が前提の加算です。加算を取るための体制(職員のキャリアの仕組み、研修、生産性向上の取組み)を整えられる事業者と、そうでない事業者との差が、今後さらに広がると考えられます。
小規模な介護事業者の収益構造と決算書の特徴
事業所の平均で見ると黒字だが、赤字も3割強
厚生労働省の「介護事業経営概況調査」は、事業所単位の収支を調べたものです。
| サービス | 収支差率 2023年度決算 | 収支差率 2024年度決算 | 給与費の割合(2024年度) | 赤字事業所の割合(2024年度) |
|---|---|---|---|---|
| 訪問介護 | 11.1% | 9.6% | 67.8% | 35.1% |
| 通所介護 | 6.5% | 6.2% | 60.9% | 37.4% |
| 地域密着型通所介護 | 5.8% | 6.3% | 63.3% | 37.2% |
| 全サービス平均 | 4.7% | 4.7% | — | 37.5% |
出典:厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査結果の概要」(2025年5月調査。収支差率は税引前、物価高騰対策関連補助金を含まない値)
小規模事業者の実態:経常利益は平均で赤字
一方、日本政策金融公庫の「小企業の経営指標調査」(2025年度調査)で、融資先の小規模な事業者を見ると、景色が変わります。
| 指標 | 訪問介護事業(321社) | 通所・短期入所介護施設(341社) |
|---|---|---|
| 人件費対売上高比率(平均) | 73.8% | 65.7% |
| 売上高経常利益率(平均/中央値) | −2.0%/0.6% | −7.2%/0.8% |
| 同(黒字かつ自己資本プラスの企業の平均) | 6.3% | 6.0% |
| 受取勘定回転期間(平均) | 1.6か月 | 1.5か月 |
| 借入金回転期間(平均) | 5.6か月 | 10.2か月 |
| 自己資本比率(平均/中央値) | −12.5%/3.5% | −30.8%/−10.7% |
出典:日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」医療・福祉(2025年度調査)
二つの調査は対象も集計方法も違うため、単純には比べられません。それでも、事業所全体の平均は黒字でも、小規模な事業者の半数前後は利益がほとんど出ていないことがうかがえます。介護事業は、売上の7割前後が人件費という労働集約型のビジネスです。利用者数がある程度集まるまでは固定費をまかなえず、規模が小さいほど、職員1人の欠員や利用者数の減少が利益に直結します。
通所介護は、送迎車や建物の設備に資金がかかる分、借入金の水準が高く、自己資本比率の中央値もマイナスでした。開業時の借入と赤字の累積で純資産がマイナスになっている事業者が少なくないことは、次の資金調達を考えるうえで大きな課題です(債務超過の会社は融資を受けられるか)。
銀行は介護事業のどこを見るか
売上の安定性と、立ち上がりの運転資金
介護事業の売上の大半は、介護保険からの給付と利用者負担で、回収の確実性は高い業種です。一方、介護報酬は国民健康保険団体連合会(国保連)に請求してから入金されるまでに時間がかかり、公庫の調査でも売上債権の回転期間は1.5〜1.6か月でした。開業直後や事業所を増やすときは、給与と家賃が先に出ていくため、その期間の運転資金が必要になります。利用者数がいつ、どこまで増えるかの見込みとあわせて、資金繰り表で必要額を示しましょう(運転資金の融資はいくらが目安?)。
返済能力:債務償還年数と、加算に依存した利益
著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で、10年以内が健全、20年超は厳しいと見られます。介護事業は設備が比較的小さい訪問系と、送迎車や建物が必要な通所系とで、借入の水準が大きく違います。
銀行が介護事業に特有のリスクとして見るのは、次のような点です。
- 人員基準を満たし続けられるか:管理者やサービス提供責任者、看護職員などが欠けると、減算や事業の継続そのものに影響する
- 加算の取得状況と、その継続性:処遇改善加算などは要件を満たさなくなると取れず、賃金改善に充てていなければ返還を求められることもある
- 行政処分や運営指導の結果:指定の取消しや効力停止は、売上がほぼゼロになるリスク
- 利用者の集中:特定の居宅介護支援事業所(ケアマネジャー)からの紹介や、同じ建物の入居者への依存が大きくないか
決算書の数字に加えて、加算の算定状況、職員の配置と採用の計画、利用者数の推移を一覧にしておくと、銀行の理解を得やすくなります。審査全般は銀行融資の審査で見られるポイントも参考にしてください。
介護事業特有の税務・会計の論点
消費税:介護保険サービスは非課税
訪問介護や通所介護などの介護保険の居宅サービスは、利用者の自己負担分も含めて消費税が非課税です(国税庁 No.6201 非課税となる取引、質疑応答事例「非課税となる居宅サービスの具体的な範囲」)。ただし、利用者の選択による特別なサービスの対価など、非課税とならないものもあります。
売上の大半が非課税になるため、家賃、委託費、送迎車や設備の購入で払った消費税は、原則として差し引くことができず、そのままコストになります。事業所の新設や車両の更新を計画するときは、消費税込みの金額で資金計画を立てる必要があります。また、保険外の自費サービスなど課税売上が増えると、課税事業者になるかどうかの判定や、インボイスの対応が必要になることがあります。
処遇改善加算の会計処理と、賃金改善の実績
処遇改善加算は、介護報酬と一緒に入金される収益ですが、職員の賃金改善に充てることが前提です。賞与や一時金で年度末にまとめて支給する場合は、未払計上の時期と金額が決算に影響します。計画書・実績報告の内容と、決算書の賃金の金額がつながっているかを、毎年確認しておきましょう。賃金改善が要件を満たさないと、加算の返還を求められることもあります。
収益の計上時期
介護報酬は、入金の時期ではなく、サービスを提供した月の収益として計上するのが基本です。決算月に提供したサービスの報酬は、入金が翌期になっても当期の売上(未収入金)になります。国保連からの返戻や減額があった場合の処理も含め、請求と入金の管理を月ごとに締めておくことが、正しい決算書の前提です。
事業承継・M&A:指定は「法人」に付く
介護業界は、経営者の高齢化や人材確保の難しさから、同業者への譲渡や、規模の大きい法人への統合が検討されやすい分野です。中小企業のM&A全体の動きは中小企業M&Aの件数と最近の傾向で整理しています。
| 承継の方法 | 介護保険の事業所の指定 | 注意点 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 運営法人は変わらないため指定は残る | 役員・管理者などの変更届。主要な職員が退職しないか |
| 吸収合併・吸収分割 | 多くの自治体で、事業所を廃止し新規指定を受ける扱い(書類の一部を省略できる場合あり) | 指定日は自治体の締切に合わせる。空白期間をつくらない |
| 事業譲渡 | 譲受法人で新規指定が必要 | 利用者との契約の結び直し、職員の転籍の同意 |
出典:さいたま市「介護保険事業所の指定申請について」ほか。扱いは指定権者(都道府県・市町村)ごとに異なるため、必ず事前に相談が必要。詳しくは許認可はM&Aで引き継げるかを参照。
買い手が重視するのは、人員基準を満たす職員が、承継後も残ってくれるかです。管理者やサービス提供責任者が辞めれば、事業そのものが続けられません。あわせて、過去の運営指導の結果、加算の算定に誤りがないか(返還リスク)、未払残業代がないかも、調査で必ず確認されます(労務DDと未払残業代のリスク)。承継を考えるなら、まず書類と労務の管理を整えることが、価値を守る一番の近道です。
経営者が今やっておきたいこと
- 事業所ごとの利用者数・稼働率と、損益分岐点となる利用者数を把握している
- 処遇改善加算などの算定状況を一覧にし、より上位の区分を取るための要件を確認している
- 加算の計画書・実績報告と、決算書の賃金の金額を照合している
- 管理者・サービス提供責任者などの後任候補を育て、人員基準の欠員リスクに備えている
- 開業・増設の際は、入金までの期間を見込んだ運転資金を確保している
- 設備投資や車両の更新は、消費税込みの金額で資金計画を立てている
- 2027年度の報酬改定に向けて、自社の収支への影響を試算できる準備をしている
- 後継者の候補、または譲渡を含めた選択肢を、早めに検討している
ほかの業界の動向は、飲食業(飲食店)、運送業(一般貨物自動車運送業)でも解説しています。
まとめ
- 訪問介護の事業所は増えているが、訪問介護員の有効求人倍率は15倍を超え、人材確保が最大の課題
- 事業所の平均の収支差率は黒字でも、赤字の事業所は3割強。小規模な事業者の経常利益は平均で赤字
- 報酬の増額は処遇改善加算が中心。加算を取れる体制づくりが収益と融資の評価を左右する
- 介護保険サービスは消費税が非課税で、設備投資の消費税はコストになる。処遇改善加算は賃金改善の実績と決算をつなげて管理する
- 承継では、運営法人が変わると新規指定が必要になることが多い。人員基準を満たす職員の引継ぎが価値の中心
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