新築の一棟マンションやアパートでは、竣工の数か月前から入居者募集が始まります。仲介会社へのAD(広告料)、ポータルサイトへの掲載料、パンフレットや募集用の写真・動画、内覧会の費用。家賃はまだ1円も入っていないのに、広告費だけが先行し、新築の初年度の決算が赤字になるという相談は少なくありません。
「この広告費は、資産計上して翌期以降に回せないのか」。結論から言うと、新築時の広告費は会計上も税務上も原則として費用です。開業費(繰延資産)や前払費用として資産に計上できるのは、要件に当てはまる一部に限られます。この記事では、資産計上できる範囲とできない範囲を整理し、それでも赤字になった初年度の決算書を銀行にどう説明するかまでを扱います。
- 新築時の広告費は、役務の提供を受けた期の費用が原則。建物の取得価額には一般に含めない
- 開業費(繰延資産)になりうるのは、新設法人などが事業を開始する前に開業準備のために特別に支出したもの。すでに賃貸業を営む会社の新物件には原則として使えない
- 前払費用になるのは、期末時点でまだ提供を受けていない役務(翌期分の掲載料など)に対応する部分だけ
- 会計上、開業費は原則として支出時の費用(営業外費用)。繰延資産に計上する場合は開業から5年以内に定額法で償却する
- 赤字の初年度は、費用の一過性と稼働後の収益力を資料で示すことで、銀行の受け止め方が変わる
新築時に先行する広告費の種類と、原則の考え方
新築物件で竣工前後に出る広告関係の費用は、おおむね次のようなものです。
- 仲介会社に支払うAD(広告料)・業務委託料
- 不動産ポータルサイトへの掲載料
- パンフレット、チラシ、募集図面の制作・印刷費
- 物件の写真・動画・VR内覧の制作費
- 現地看板、のぼり、内覧会(モデルルーム)の設営費
- 物件専用のウェブサイトの制作費
税務上、法人の費用は「事業年度終了の日までに債務が確定しているもの」が損金になります(法人税法第22条第3項第2号)。国税庁の法人税基本通達2-2-12では、債務の成立、具体的な給付をすべき原因となる事実の発生、金額の合理的な算定の3つを要件としています。広告であれば、掲載や制作などの役務の提供を受けた時点で、その期の費用になるのが原則です。
家賃収入がまだない期間の費用であっても、それだけで資産に計上できるわけではありません。「収益と費用を対応させたい」という気持ちは自然ですが、資産計上には、それぞれの区分ごとの要件があります。
資産計上できる範囲:開業費・繰延資産・前払費用・貯蔵品
開業費(繰延資産)
法人税法施行令第14条第1項第2号は、開業費を「法人の設立後事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用」と定めています。個人の場合も、所得税法施行令第7条第1項第1号で、不動産所得などを生ずべき事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用とされています。
ポイントは「事業を開始するまでの間」です。
- 物件ごとに新しく設立した会社(いわゆるSPC的な会社)が、最初の新築物件の賃貸開始前に支出した広告費:開業費に当たるかを検討できる
- すでに賃貸物件を持ち、賃貸業を営んでいる会社が、2棟目以降の新築で支出した広告費:事業はすでに開始しているため、原則として開業費ではなく、その期の損金
企業会計の実務対応報告第19号「繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い」も、開業費を「会社成立後営業開始時までに支出した開業準備のための費用」とし、例として土地・建物等の賃借料、広告宣伝費、通信交通費、支払利子、使用人の給料などを挙げています。あわせて、開業費は開業準備のために直接支出したものに限ることが適当とされています。
前払費用
一定の契約に基づき継続的に役務の提供を受けるために支払った費用のうち、期末時点でまだ提供を受けていない役務に対応する部分は前払費用です(法人税法施行令第14条第2項)。たとえば、ポータルサイトの掲載料を12か月分前払いし、決算日時点で8か月分が未経過であれば、その8か月分は前払費用として資産に計上し、翌期の費用にします。
逆に言えば、前払費用にできるのは「まだ受けていないサービス」の部分だけです。掲載が終わった広告や、成約時に支払うADは、効果が翌期以降に続くとしても前払費用にはなりません。
なお、支払日から1年以内に提供を受ける役務の前払費用を、継続して支払時の損金とする短期前払費用の取扱い(法人税基本通達2-2-14)もあります。これは利益を減らす方向の特例なので、赤字を避けたいという今回の目的とは逆向きです。
貯蔵品(広告宣伝用印刷物)
竣工前にまとめて印刷したパンフレットのうち、期末に未使用で残っているものは、本来は貯蔵品(資産)です。ただし法人税基本通達2-2-15では、広告宣伝用印刷物などで、毎期おおむね一定数量を取得し経常的に消費するものは、継続適用を条件に取得時の損金とすることが認められています。新築時に一度だけ大量に作るパンフレットは、この「経常的」に当たらない場合もあるため、期末の残数を確認しておくと安心です。
取得価額や税法固有の繰延資産には、通常入らない
建物の取得価額は、建設のために要した費用と、事業の用に供するために直接要した費用で構成されます。入居者募集の広告は、建物を建てるための費用ではなく、賃貸の営業活動の費用と考えるのが一般的で、取得価額に含める処理は根拠を説明しにくいところです。
また、法人税法施行令第14条第1項第6号ニの「製品等の広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用」は、特約店などに看板や陳列棚を贈与した場合の費用です(法人税基本通達8-1-8)。自社物件の入居者募集の広告費は、これには当たりません。
| 区分 | 当てはまる場合 | 新築時の広告費での例 |
|---|---|---|
| その期の費用(原則) | 役務の提供を受けた | 掲載済みの広告、成約済みのAD、内覧会の費用 |
| 開業費(繰延資産) | 新設法人などが事業開始前に開業準備のため特別に支出 | 物件ごとに設立した会社の、最初の賃貸開始前の広告費 |
| 前払費用 | 期末時点で未提供の役務に対応 | 翌期分の掲載料を前払いした部分 |
| 貯蔵品 | 期末に未使用の広告用印刷物 | 残ったパンフレット(経常的なものは継続適用で費用処理可) |
| 建物の取得価額 | 建設や事業供用に直接要した費用 | 入居者募集の広告費は一般に含めない |
法人と個人の違い
| 項目 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 開業費の定義 | 法人の設立後事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用 | 不動産所得などを生ずべき事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用 |
| 開業費の償却 | 任意償却(償却費として損金経理した金額が損金になる) | 60か月の均等償却か任意償却を選べる |
| 2棟目以降の新築 | 賃貸業を開始済みなら、原則としてその期の損金 | 賃貸業を開始済みなら、原則としてその年の必要経費 |
| 前払費用・短期前払費用 | 未経過部分は資産。短期前払費用の取扱いあり | 未経過部分は翌年以降の経費。短期前払費用の取扱いあり |
| 赤字の扱い | 欠損金の繰越控除(青色申告) | 不動産所得の赤字は損益通算の対象(土地取得の負債利子部分は除く) |
個人の開業費については、国税庁の質疑応答事例「償却期間経過後における開業費の任意償却」で、任意償却には下限がなく、支出の年に全額償却しても、まったく償却しなくてもよいとされています。法人の場合は、会計上の償却額(損金経理した額)が税務上の上限を画すため、会計の処理を決めると税務の損金額もそれに連動する点に注意が必要です。
個人の場合、「事業を開始する」が何を指すかは、不動産所得が事業的規模かどうかとも関わります。開業費として扱うかどうかは、顧問税理士と確認してください。
会計上の扱いと表示:原則は費用、GAAPに沿って判断する
開業費は原則として支出時の費用(営業外費用)
実務対応報告第19号では、開業費は原則として支出時に費用(営業外費用)として処理し、繰延資産に計上することもできるとしています。繰延資産に計上した場合は、開業のときから5年以内のその効果の及ぶ期間にわたり、定額法で償却します。「開業のとき」には営業の一部を開業したときも含みます。また、開業費を販売費及び一般管理費として処理することもできるとされています。
つまり、開業費に当たる支出には、会計上次の3つの表示がありえます。
- 支出時の営業外費用(原則)
- 支出時の販売費及び一般管理費
- 繰延資産に計上し、5年以内に定額法で償却
開業費に当たらない広告費は販管費
すでに事業を営む会社の新築物件の広告費は開業費ではないため、通常の広告宣伝費として販売費及び一般管理費に計上するのが基本です。著書の「収益は上に、費用は下に」という考え方を当てはめるとしても、毎期の営業活動である広告費を営業外費用や特別損失に移すことはできません。
税務上は、その広告費がいつ損金に算入されるか(開業費として任意償却するか、その期の損金か)が論点になります。一方、決算書の表示区分(販管費か営業外費用か、資産計上か費用処理か)は、企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って判断する必要があり、どの区分にできるかは取引の実態次第です。開業費の要件を満たさない支出を繰延資産に計上したり、営業外費用に表示したりすることは、実態と違う決算書になります。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る銀行からの見え方:初年度の赤字は「説明できるか」で決まる
数値例:新設法人の新築1棟目
説明のための仮の数字です。物件ごとに設立した会社が、決算月の2か月前に竣工し、竣工前から募集を始めた結果、初年度の家賃収入が300万円、広告費などの開業準備費用が400万円、その他の費用(減価償却費・支払利息など)が500万円だったとします。広告費などは開業費の要件を満たすものとします。
| 項目 | 販管費で費用処理 | 営業外費用で費用処理 | 繰延資産に計上(5年償却) |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 300万円 | 300万円 | 300万円 |
| 開業準備費用の計上額 | 400万円(販管費) | 400万円(営業外費用) | 当期の償却額のみ |
| 営業利益への影響 | 400万円の減少 | 影響なし | 償却額の分だけ |
| 当期純利益への影響 | 400万円の減少 | 400万円の減少 | 償却額の分だけ |
| 純資産 | 小さくなる | 小さくなる | 相対的に大きい |
| 銀行の評価 | 赤字の理由の説明が必要 | 営業利益は保てるが経常は赤字 | 繰延資産は資産性を否定されやすい |
繰延資産に計上すれば当期の赤字は小さくなりますが、銀行は繰延資産を換金価値のない資産として純資産から差し引いて実質的に評価することが多く、見た目ほど評価は上がりません。どの表示を選んでも、銀行は中身を見ます。表示の違いで評価を作るのではなく、赤字の理由を説明できる準備をしておくほうが、実際の効果は大きいのです。
銀行に伝えるべきこと
初年度の赤字を説明するときは、次のような資料を決算書に添えるのが効果的です。
- 開業準備費用の内訳:広告費・AD・内覧会費用など、竣工前後にだけ発生する費用と金額
- 稼働後の月次の試算表:満室または稼働が上がった月以降の、月次の家賃収入と営業利益
- 入居状況のレントロール:決算日時点と直近の入居率、成約賃料
- 当初の事業計画との比較:融資を受けたときの収支計画に対して、賃料・入居ペースがどうだったか
- 翌期の見込み:通年稼働した場合の売上高、償却前利益、債務償還年数の見込み
著書のモデルでは、債務償還年数は(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で計算し、10年以内が健全の目安です。初年度は分母が小さく、この数字が一時的に大きく悪化します。通年稼働した場合の債務償還年数を自分たちで計算して示しておくと、担当者が稟議で説明しやすくなります。赤字決算と融資の関係は赤字の会社でも融資は受けられるか、月次の数字の出し方は銀行に出す試算表も参考にしてください。
決算期と竣工時期の関係も確認する
新設法人であれば、決算期の設定によって、竣工前の費用だけで1期目が終わってしまう事態を避けられることがあります。決算期の決め方は決算期の選び方で解説しています。
公表裁決事例:開業費に当たるかは「事業の開始時期」で判断される
新築時の広告費そのものを扱った公表裁決は見当たりませんが、開業費の範囲について、国税不服審判所の公表裁決が参考になります。いずれも診療所の事案ですが、開業費の考え方は賃貸業でも共通です。
開業後の支出は開業費に当たらない(平成19年2月20日裁決)
個人が診療所の開業費として計上した家賃・修繕費・消耗品費について、その後の年分に開業費の償却費として必要経費に算入できるかが争われました(裁決事例集No.73・148頁、国税不服審判所)。
審判所は、契約名義の変更、看板の付替え、収入の入金先、確定申告の内容などから、遅くとも特定の時点には請求人自身の計算と危険において独立して事業を実質的に開始したと認め、その後に発生した費用は開業費に当たらないとしました。また、費用の内訳は家賃・修繕費・消耗品費で、支出の効果が翌年以降に及ぶとは認められず、開業費以外の繰延資産にも当たらないと判断しています。
実務への示唆:事業の開始時期は、届出の日付ではなく、契約や収入の実態から判断されます。新築の場合も、最初の入居者との賃貸借契約や家賃の入金が始まった時点などの事実関係を記録しておくことが大切です。
開業前の借入金利子は建物の取得価額(平成11年6月28日裁決)
事業開始前に借入金で事業用の建物等を取得した個人が、開業前に支払った利子を開業費としたところ、資産の取得に要した費用として建物等の取得価額に算入すべきとされた事例です(裁決事例集No.57・138頁、国税不服審判所)。
実務への示唆:開業前の支出でも、資産の取得に要した費用は開業費ではなく取得価額に入ります。開業費の定義そのものが「資産の取得に要した金額とされるべき費用」を除いているためです。建築中の利息の扱いは建築中の借入利息は取得価額か期間費用か、竣工前後の費用全体は新築の竣工前後に出る費用の扱いで整理しています。
実務のチェックポイント
| 確認すること | 見るポイント |
|---|---|
| 会社は事業を開始済みか | すでに賃貸物件があるなら、新物件の広告費は原則その期の費用 |
| 開業費に当たる支出か | 新設法人の最初の賃貸開始前か、開業準備のために直接支出したものか |
| 前払費用の部分はあるか | 期末時点で未提供の掲載期間などがないか、契約書・請求書で確認 |
| 未使用のパンフレットはあるか | 期末の残数と、継続的な費用処理の方針 |
| 取得価額と混ざっていないか | 建築会社の請求に含まれた募集関連費用の内訳 |
| 会計の表示を決めたか | 開業費なら営業外費用・販管費・繰延資産のどれにするか、継続性 |
| 銀行への説明資料 | 費用の内訳、稼働後の月次試算表、入居状況、事業計画との比較 |
募集時のADやフリーレントの処理は空室対策の広告費・AD・フリーレントの処理、税務と会計の違いの全体像は税務上の損金と企業会計(GAAP)の違いもあわせてご覧ください。
まとめ
- 新築時に先行する広告費は、会計上も税務上も、役務の提供を受けた期の費用が原則
- 開業費(繰延資産)として扱えるのは、新設法人などが事業開始前に開業準備のために特別に支出したものに限られる。すでに賃貸業を営む会社の新物件には原則として使えない
- 前払費用は期末時点で未提供の役務部分だけ。掲載が終わった広告や成約済みのADは前払費用にならない
- 会計上、開業費は原則として支出時の営業外費用。販管費処理や、5年以内の繰延資産計上も認められる。表示はGAAPに沿って実態で判断し、顧問税理士・会計の専門家と検討する
- 赤字の初年度は、表示の工夫よりも、費用の一過性と稼働後の収益力を資料で示すことが銀行の評価につながる
新築の事業計画づくりから、竣工期の決算と銀行への説明資料の準備まで、不動産投資家向けサービスでご相談いただけます。
