退去から次の入居までの空室期間にも、費用はかかり続けます。電気・水道の基本料金、内見のための通電・通水、換気や簡易清掃、固定資産税、火災保険料、そして減価償却費。家賃収入がないのに費用だけが出ていく期間です。
空室中の水道光熱費や最低限の維持費は、入居者を募集している限り、法人・個人とも経費になります。注意が必要なのは、貸付けそのものをやめた場合です。売却のため、建替えのため、自己使用のために募集を止めた後の費用は、個人では不動産所得の必要経費にならないことがあります。この記事では、税務・会計・銀行の視点から、空室期間の費用の扱いを整理します。
- 募集中の空室の水道光熱費、清掃・換気、固定資産税、保険料は、法人・個人とも経費
- 空室でも減価償却は続ける。いつでも貸せる状態の資産は減価償却資産(所得税基本通達2-16、法人税基本通達7-1-3)。個人は強制償却
- 個人は、貸付けをやめた後の費用が必要経費になるかに注意。貸付けから返還を受けるまでが一連の業務とした裁決がある一方、無償で貸している建物の費用は必要経費にならない
- 法人は家事費の概念がないため原則損金。ただし役員や親族が使っている部屋は別問題
- 銀行は稼働率と、空室を含めた運営費を見ている。空室の原因と募集状況を説明できるようにしておく
空室期間にかかる費用と税務上の扱い
| 費用 | 内容 | 募集中の空室 | 貸付けをやめた後(個人) |
|---|---|---|---|
| 電気・水道・ガスの基本料金 | 契約を維持するための料金 | 経費 | 原則として必要経費にならない |
| 内見・工事のための使用料 | 通電・通水 | 経費 | 売却のためなら譲渡費用に当たるか検討 |
| 換気・簡易清掃・巡回 | カビ・臭いの防止、郵便物の整理 | 経費 | 同上 |
| 固定資産税・都市計画税 | 毎年1月1日の所有者に課税 | 経費 | 原則として必要経費にならない |
| 火災保険料 | 期間按分 | 経費 | 原則として必要経費にならない |
| 減価償却費 | 建物・設備 | 経費(償却を続ける) | 業務の用に供していなければ必要経費にならない |
| 借入金利子 | 物件取得のための借入れ | 経費 | 原則として必要経費にならない |
募集中なら、空室でも業務は続いている
賃貸業務は、入居者がいる期間だけ行われているものではありません。退去後の原状回復、募集、内見対応、契約といった一連の流れが業務です。空室期間の基本料金や清掃費は、次の入居者を迎えるための費用であり、法人・個人とも経費になります。
退去後の原状回復と募集の費用については、退去時の原状回復とリノベーションの違い、空室対策の広告費・AD・フリーレントの処理で解説しています。
空室でも減価償却は止めない
所得税基本通達2-16は、不動産所得などを生ずべき業務の用に供される資産は、現に稼働していない場合でも、業務の用に供するために維持補修が行われており、いつでも稼働し得る状態にあるときは減価償却資産に該当するとしています(所得税基本通達 第2条関係)。法人税基本通達7-1-3も同じ趣旨です(法人税基本通達 第7章第1節)。募集中の空室は、いつでも貸せる状態にあるので、減価償却を続けます。
なお、個人の減価償却は強制償却であり、「空室で赤字だから今年は償却しない」ということはできません。法人は償却限度額の範囲内で任意に償却額を決められますが、償却しなかった分を後で取り戻せるわけではない点に注意が必要です。法人の償却の考え方は法人の任意償却と銀行の見え方で整理しています。
法人と個人の違い
| 項目 | 法人 | 個人(不動産所得) |
|---|---|---|
| 募集中の空室の費用 | 損金 | 必要経費 |
| 貸付けをやめて売却待ち | 損金(維持管理費) | 業務との直接の関係が問われる |
| 自己・家族が使う部屋 | 役員社宅なら家賃設定と給与課税の問題 | 家事費(必要経費にならない) |
| 親族に無償で貸す部屋 | 寄附金・役員給与の問題になり得る | 使用貸借として必要経費にならない |
| 減価償却 | 任意償却(限度額内) | 強制償却 |
| 赤字の扱い | 繰越欠損金 | 損益通算・純損失の繰越し(青色申告など要件あり) |
法人には家事費という概念がないため、所有する物件の維持費は原則として損金です。ただし、空室を役員や親族が無償で使っている場合は、役員給与や寄附金の問題になります。
個人の場合、不動産所得の必要経費になるのは、不動産所得を生ずべき業務について生じた費用です。業務と関係のない費用は家事費として必要経費になりません(所得税法45条1項1号)。空室の費用が「業務の費用」なのか「単に持っている資産の費用」なのかは、貸付けを続ける意思と行動があるかで判断されます。
公表裁決事例
令和元年9月20日裁決:返還を受けるまでが貸付業務の一連の流れ
- 事案:土地を貸していた個人が、賃借人の死亡後、賃料不払いを理由に賃貸借契約を解除した。土地上には賃借人(相続財産法人)所有の建物が残り、その入居者も任意に退去しなかったため、請求人は手続きを進めて建物を収去し、その費用を不動産所得の必要経費とした。原処分庁は、契約終了後の土地は事業の用に供されていない資産であり、収去費は家事上の経費だと主張した
- 判断:不動産の貸付業務は、基本的には、不動産を貸し付けてからその返還を受けるまでが一連の業務である。請求人は明渡しの完了前に新たな駐車場の賃貸借契約を締結し、明渡し後速やかに使用収益させており、土地を賃貸業務以外の用途に転用した事情もない。建物収去費は業務と直接関係し、業務の遂行上必要なものとして、必要経費に算入できるとした(原処分の全部取消し)
- 確認先:国税不服審判所 令和元年9月20日裁決
契約が終わり家賃が入らない期間でも、明渡しを受け、次の貸付けに向けて動いている間は貸付業務が続いていると判断された事例です。空室期間の費用を考えるうえでも、次の貸付けに向けた具体的な行動が判断の材料になることを示しています。
平成14年1月17日裁決(裁決事例集No.63・141頁):無償で貸している建物の費用は必要経費にならない
- 要旨:建物の貸付けにより生ずる費用が不動産所得の必要経費に該当するためには、その建物が営利を目的とする対価を伴った貸付けとして業務の用に供されている必要がある。親族関係にある者に無償で貸していた建物は使用貸借であり、その租税公課や減価償却費は不動産所得の必要経費に算入できないとした
- 確認先:国税不服審判所 平成14年1月17日裁決
空室を家族に無償で使わせている場合、その部屋の費用は不動産所得の必要経費になりません。「空室だから一時的に」という使い方でも、期間と部屋を区分して記録しておく必要があります。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る貸付けをやめるときの注意点
空室が多い物件を売却する、建て替える、自分で使うといった理由で、新たな募集を止めることがあります。その時点から、個人では費用の扱いが変わり得ます。
| 状況 | 費用の考え方(個人) |
|---|---|
| 退去後、リフォームして再募集する | 貸付業務の一環。リフォーム期間の費用も必要経費 |
| 立退き交渉中で、空いた部屋は募集しない(建替え予定) | 建替え後も賃貸を続けるなら業務の一環とみられる余地がある。取壊し時の処理は別途検討 |
| 売却のために募集を止め、全空で売る | 売却までの費用が必要経費になるかは慎重に判断。仲介手数料など売却のための費用は譲渡費用 |
| 自分や家族の住まいにする | 使用開始以後は家事費 |
建替えのための立退料や取壊し費用の扱いは立退料を払った場合の処理、売却時の費用は売却時の譲渡費用に入るもの・入らないもので整理しています。いずれの場合も、いつ募集を止めたか、何のためかを、管理会社とのやりとりや社内の決定記録で残しておくと、後から説明しやすくなります。
消費税
空室中に支払う電気・水道料金や清掃費は課税仕入れです。住宅の空室であれば、次の住宅の貸付け(非課税売上げ)のための費用として、個別対応方式では非課税売上げにのみ要するものに区分され、原則として仕入税額控除はできません。店舗・事務所の空室であれば、課税売上げにのみ要するものとして控除の対象になります。用途を変えて募集する場合は、その時点の募集用途で判断します。
会計上の扱いと決算書の表示
税務上は、空室中の費用が損金・必要経費になるかが論点です。決算書の表示は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って判断します。中小企業では「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」が実務の拠り所になります。
| 項目 | 主な表示 |
|---|---|
| 空室の水道光熱費・清掃費 | 賃貸原価または販管費(通常の運営費と同じ区分) |
| 空室の減価償却費 | 減価償却費(入居中と同じ区分) |
| 長期間の全空・売却待ち物件 | 保有目的に応じて表示を検討(販売用不動産への振替など) |
空室の費用だけを営業外費用に移すといった処理は、通常は考えにくいところです。空室は賃貸経営の中で通常起こるものであり、その期間の費用も営業費用です。
一方、物件全体の使い方が大きく変わる場合は、会計上の検討が必要になります。売却目的で保有を続ける物件を販売用不動産に振り替えるか、収益性が大きく低下した物件について減損を検討するかなどは、保有目的と実態で判断します。保有目的の変更については販売用不動産と固定資産の区分で解説しています。どの区分が適切かは実態次第なので、顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
銀行は、決算書の数字に加えて、レントロール(入居状況の一覧)で物件ごとの稼働率と賃料水準を見ています。
| 見られる点 | 空室との関係 |
|---|---|
| 稼働率 | 空室の多さ、空室期間の長さ |
| NOI(賃料収入−運営費) | 空室で収入が減っても、運営費の多くは減らない |
| ICR・返済余力 | 営業利益が減り、返済に回せる資金が細る |
| 債務償還年数 | 分母(経常利益+減価償却費−法人税等)が減り長くなる |
空室中も費用の多くは固定的にかかるため、稼働率の低下は利益に大きく響きます。著書のモデルでは債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で見ますが、空室が続く物件があると、この分母が細り、全体の評価を下げます。
銀行に説明するときは、空室の数だけでなく、原因(退去が重なった、リフォーム中、賃料設定の見直し中など)と、募集の状況・見通しをあわせて伝えると、一時的な要因かどうかを判断してもらいやすくなります。空室の多い物件を売却するのか、手を入れて稼働を戻すのかは、物件ごとの収益力と財務全体への影響を見て判断することになります。
実務のチェックポイント
- 募集中であることを記録する:管理会社への募集依頼、ポータル掲載、内見記録
- 空室でも減価償却を続ける:個人は強制償却
- 基本料金・清掃費は運営費として計上する:入居中と同じ科目で
- 募集を止めた日と理由を残す:売却、建替え、自己使用など
- 家族の無償使用は区分する:その部屋・期間の費用は必要経費にならない(個人)
- 売却のための費用は譲渡費用として整理する:仲介手数料、測量費など
- 消費税の区分は募集用途で判断する:住宅か、店舗・事務所か
- レントロールと決算書を一緒に説明する:空室の原因と見通し
共用部の費用は共用部の電気代・清掃・植栽管理の処理、個人の不動産所得の経費全般は不動産所得の経費になるものもあわせてご覧ください。
まとめ
- 募集中の空室の水道光熱費、清掃費、固定資産税、保険料は、法人・個人とも経費
- 空室でも、いつでも貸せる状態なら減価償却は続ける。個人は強制償却
- 個人は、貸付けをやめた後の費用に注意。返還を受けるまでが貸付業務の一連の流れとした裁決(令和元年9月20日)がある一方、無償で貸す建物の費用は必要経費にならない(平成14年1月17日裁決)
- 法人は原則損金。ただし役員・親族の使用は別の論点になる
- 銀行は稼働率とNOIを見ている。空室の原因と募集の見通しを説明できるようにしておく
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