M&Aの交渉を重ね、最終契約に調印しても、まだ会社は売れていません。株式が実際に買い手に移り、代金が売り手の口座に入るのはクロージングの日です。中小M&Aガイドラインは、クロージングを中小M&Aの最終段階と位置付け、株式等の譲渡や譲渡対価の支払を行う工程だとしています。
クロージングの当日は、代金の決済、株券の交付、株主名簿の書換え、役員の交代、印鑑・通帳の引渡し、金融機関との手続が、半日ほどの間に一気に進みます。段取りが悪いと、「代金は入ったのに保証が外れない」「株券がない」といったトラブルになりかねません。この記事では、株式譲渡を前提に、クロージングの前・当日・後に行うことを順に整理します。
- クロージングは、株式の引渡しと代金の支払を同時に行う日。最終契約からの間隔は、ガイドラインの注意どおり長く空けない
- 前日までに、前提条件の充足、決済金額の確定、書類、金融機関・司法書士との段取りをそろえる
- 当日は「着金を確認してから、株券・印鑑・通帳を渡す」が鉄則
- 株券発行会社では株券の交付が譲渡の効力要件(会社法128条1項)。株主名簿の書換えで会社に対抗できる(同130条)
- 役員の変更登記は2週間以内(同915条1項)。経営者保証の解除・移行は、変更登記と同じ日に行う段取りが望ましい
クロージングまでにそろえるもの
前提条件を満たしているか
最終契約には、「これがそろわなければ取引を実行しなくてよい」というクロージングの前提条件が定められています。中小企業の株式譲渡でよく見られるのは次の項目です。
- 表明保証がクロージング時点でも真実かつ正確であること、誓約事項を守っていること
- 譲渡制限株式の譲渡承認(取締役会設置会社では原則として取締役会の決議:会社法139条1項)
- チェンジ・オブ・コントロール条項のある契約の相手方からの同意
- 役員の辞任届の提出
- 売り手の経営者保証の解除・移行の見通し
- 買い手の買収資金の融資の実行
中小M&Aガイドラインは、最終契約からクロージングまでの期間について、仮に2か月以上等の一定期間が特段の事情なく設けられる場合、業績の変化やDDで把握した内容からの変化によって、最終契約の修正が必要になるリスクや不履行のリスクがあると注意しています。前提条件に時間がかかるものは、最終契約の前から動き出しておくことが大切です。
決済金額を確定する
譲渡価格が最終契約で固定されていれば、当日支払う金額はそのままです。ただし、運転資本や純有利子負債による価格調整がある場合、エスクロー(第三者への預託)や一部の後払いがある場合は、当日の振込額が契約書の価格と一致しません。前日までに、計算の根拠と振込額を双方で確認しておきます。価格調整の仕組みは運転資本の調整、預託と留保はエスクローとホールドバックで解説しています。
当日の書類と段取り
| 準備するもの | 担当 | 確認点 |
|---|---|---|
| 株券(株券発行会社のみ) | 売り手 | 定款で株券発行会社か確認。発行していない株券は事前に発行が必要になることがある |
| 株式譲渡承認の議事録・承認通知 | 対象会社 | 承認機関(取締役会か株主総会か)が定款どおりか |
| 株主名簿の名義書換の請求書 | 売り手・買い手 | 原則として取得者と名簿上の株主が共同で請求(会社法133条2項) |
| 役員の辞任届、新役員の就任承諾書、臨時株主総会の議事録 | 対象会社・買い手 | 変更登記の申請書類として司法書士が確認 |
| 会社の実印・銀行印・印鑑カード・通帳・鍵・各種ID | 売り手 | 一覧表にして引渡し、受領書をもらう |
| 経営者保証の解除・借換えの書類 | 買い手・金融機関 | 金融機関の内部手続の完了日を確認 |
| 領収書 | 売り手 | 代金の着金を確認してから発行 |
当日の参加者は、売り手と買い手の経営者、仲介者・FA、役員変更登記を担当する司法書士が基本で、保証の解除や借換えがある場合は金融機関の担当者が加わることもあります。誰が何を持参し、どの順序で手続するかを書いた当日の進行表を前日までに共有しておくと、手続の漏れを防げます。
ガイドラインは、金融機関からの借入金や不動産等への担保設定がある場合、担保解除(と抹消登記の手続)について、取引金融機関との調整が予め必要となることがあるとしています。司法書士、金融機関、仲介者・FAの日程を早めに押さえます。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るクロージング当日の流れ
一般的な株式譲渡のクロージングは、次の順序で進みます。会場は、対象会社、仲介者・FAの事務所、金融機関の応接室などです。
| 順序 | 手続 | ポイント |
|---|---|---|
| 1 | 前提条件の充足の確認 | 前提条件が満たされたことを書面(確認書)で相互に確認する |
| 2 | 代金の振込 | 買い手が売り手の指定口座に振り込む。借入で支払う場合は融資の実行と同時 |
| 3 | 着金の確認 | 売り手がインターネットバンキングや金融機関への照会で入金を確認する |
| 4 | 株券の交付(発行会社) | 着金確認後に株券を渡す。株券不発行会社では株券の交付はない |
| 5 | 株主名簿の書換え | 名義書換の請求と書換えの完了を確認する |
| 6 | 役員の交代 | 売り手側の役員が辞任し、臨時株主総会などで新役員を選任する |
| 7 | 印鑑・通帳等の引渡し | 一覧表と照合しながら引き渡す |
| 8 | 金融機関の手続 | 保証の解除・移行、借入の返済と借換え、担保の解除 |
| 9 | 領収書の交付と書類の受領確認 | 何を誰が受け取ったかを記録に残す |
「着金を確認してから渡す」が鉄則
ガイドラインは、クロージングでは、特に譲り受け側から譲渡対価の全部又は一部が確実に入金されたことを確認することが必要だとしています。振込の操作をした画面を見せられただけでは、着金とはいえません。株券、実印、通帳を渡すのは、自分の口座で入金を確かめた後です。
株券発行会社かどうかで手続が変わる
株券発行会社の株式の譲渡は、株券を交付しなければ効力を生じません(会社法128条1項)。定款に株券を発行する旨の定めがあるのに株券を発行していない会社は、意外に多くあります。この場合、譲渡の前に株券を発行するか、定款を変更して株券不発行会社に移行するなどの対応が必要で、手続に時間がかかります。初期の段階で定款と登記を確認しておくべき理由です。
株券不発行会社では、意思表示で株式が移転し、株主名簿に記載しなければ会社その他の第三者に対抗できない(会社法130条1項)という扱いです。いずれの場合も、株主名簿の書換えは当日中に完了させます。
経営者保証の解除は、変更登記と同日に
売り手にとって最も重要なのが、会社の借入に付いている経営者保証です。ガイドラインは、正式な解除・移行はクロージングを経て登記簿上で代表者が変更された後に行う必要があるとしたうえで、万全を期す場合には、クロージング日に(必要に応じて金融機関の同席の下で)代表者の変更登記の手続と、保証の解除・移行の手続を同時に実施することを挙げています。
さらに、確実に保証を外す方法として、クロージング時に、売り手の経営者保証の対象となっている債務を譲り受け側の資力で返済し、別途譲り受け側が借換えを行う方法も示されています。買い手側から見たこの借換えの組み立ては、買収後の銀行取引の整理で解説します。
クロージングの後にすること
| 時期 | 手続 | 根拠・ポイント |
|---|---|---|
| 2週間以内 | 役員の変更登記(代表取締役の変更を含む) | 会社法915条1項。司法書士に依頼するのが一般的 |
| すみやかに | 税務署・都道府県・市町村への異動届出(代表者の変更など) | 届出の様式は各税務官署の案内に従う |
| すみやかに | 金融機関・リース会社・賃貸人・保険会社への代表者変更の連絡 | 契約によっては名義変更や連帯保証人の変更が必要 |
| 当日〜数日 | 従業員への説明会、主要取引先へのあいさつ | 中小PMIガイドラインは、M&A成立後遅滞なく(例えばDay.1)全従業員に同時に、等しく、正確に伝える場を設けることを挙げている |
| 3か月〜1年 | 業務の引継ぎ | ガイドラインは、引継ぎ等の作業には3か月〜1年程度の時間を要することが多いとしている |
ガイドラインは、クロージング後の引継ぎ作業として、役員・従業員や取引先への報告、リース契約・賃貸借契約・金銭消費貸借契約等の名義変更・経営者保証解除・連帯保証人の変更、業務フローの引継ぎ、株式譲渡の場合は代表者変更のための株主総会・取締役会や登記手続などを挙げています。従業員への伝え方は従業員に会社を売ることをどう伝えるかをご覧ください。
税金と事業譲渡の場合の違い
売り手の税金
個人の株主が非上場株式を売った場合、譲渡益には20.315%(所得税15%・住民税5%・復興特別所得税)がかかり、翌年の確定申告で納めます。譲渡所得の収入すべき時期は、原則として株式の引渡しがあった日で、選択により契約の効力発生日とすることもできます(所得税基本通達36-12)。年末近くのクロージングでは、どちらの年の所得になるかで申告と納税の時期が変わります。
売却代金が入った直後は、翌年の所得税・住民税の納税資金を別にしておくことが大切です。役員退職金を同時に受け取る場合は、退職所得としての課税と源泉徴収も発生します。代金の領収書の印紙税はM&Aの印紙税・登録免許税で整理しています。
事業譲渡の場合
事業譲渡では、会社ではなく事業の資産と契約を一つずつ移すため、クロージングの手続が増えます。
- 不動産を移す場合は、クロージング後速やかに登記手続を行うため、登記必要書類をクロージングで授受するのが通常(ガイドライン)
- 従業員の雇用契約は当然には引き継がれず、従業員個別の承諾(民法625条1項)が必要(中小PMIガイドライン)
- 許認可は、多くの場合、譲受側で取り直しや新たな届出が必要
- 売掛金の振込先口座の変更、クロージング後の売掛金・買掛金の清算
手法の違いは事業譲渡と株式譲渡の違い、許認可はM&Aと許認可の引継ぎで解説しています。
まとめ
- クロージングは、株式の引渡しと代金の支払を同時に行う日。最終契約から長く空けない
- 前日までに、前提条件、決済金額、書類、金融機関・司法書士の段取りをそろえる
- 当日は「着金を確認してから、株券・印鑑・通帳を渡す」
- 株券発行会社では株券の交付が効力要件。株主名簿の書換えまで当日に終える
- 役員の変更登記は2週間以内。経営者保証の解除・移行は変更登記と同じ日に行う段取りを組む
- 売却代金からは、翌年の譲渡益の税金の分を別にしておく
クレフティでは事業承継・M&A支援として、クロージングに向けた決済金額の確認、売却後の税金の試算と申告、経営者保証の解除に向けた金融機関との調整の支援をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
