会社を売る話が具体的になると、「会社にたまっている現預金を、売る前に配当で受け取っておいたほうがいいのでは」と考える方がいます。会社のお金を先に受け取れば、その分は確実に手元に残る、という発想です。
ところが、個人のオーナーにとって、売却前の配当は多くの場合、税金の面で不利です。配当は所得税の総合課税で、所得が多いほど税率が高くなる一方、株式の譲渡益は20.315%の分離課税だからです。他方、持株会社(法人株主)が子会社を売る場合には、受取配当等の益金不算入を使って、配当のほうが有利になることもあります。この記事では、売却前の配当を、個人株主と法人株主に分けて、税率の比較、判例・裁決、契約上の注意点まで整理します。
- 個人株主:非上場株式の配当は総合課税。所得が多いと所得税・住民税で約49%(最高税率帯の概算)。株式の譲渡益は20.315%。同じお金なら株式の価格に含めて売るほうが手取りは多いのが一般的
- 配当すると会社のお金が減り、その分だけ株式の価格も下がる。「配当で先に受け取る」ことは手取りを増やすことにはならない
- 法人株主:100%子会社からの配当は原則全額が益金不算入。売却前の配当で譲渡益を減らせる場合があるが、子会社株式簿価減額特例に注意
- 配当の財源(分配可能額)、契約上の扱い(価格からの控除・ロックドボックス)、大口の所得に対する追加負担も確認する
個人株主:配当と株式譲渡の税金の違い
税率の比較
まず、個人のオーナーが受け取る場合の税金の違いです。
| 項目 | 配当(非上場株式) | 株式の譲渡益 |
|---|---|---|
| 課税方式 | 総合課税(給与などと合算) | 申告分離課税 |
| 税率 | 所得税5〜45%(+復興特別所得税)+住民税10%。配当控除あり | 所得税15%+復興特別所得税+住民税5%=20.315% |
| 源泉徴収 | 支払時に20.42%(住民税なし) | なし(確定申告で納付) |
| 所得が多い場合の実質的な負担 | 配当控除を差し引いても約49%(最高税率帯の概算) | 20.315% |
| 少額の特例 | 1回の配当が「10万円×配当計算期間の月数÷12」以下なら確定申告不要を選べる | - |
国税庁タックスアンサーNo.1330によれば、上場株式等以外(非上場株式)の配当は総合課税の対象で、申告分離課税や確定申告不要(少額配当を除く)は選べません。配当控除(No.1250)は、課税総所得金額等が1,000万円以下の部分は配当所得の10%、1,000万円を超える部分は5%などと定められています。
最高税率帯(所得税45%、住民税10%)の場合、配当控除(所得税5%、住民税1.4%)を差し引くと、復興特別所得税を含めておおむね49.4%になります。株式の譲渡益の20.315%と比べると、2倍以上です。株式の譲渡益の計算は個人株主が株式を売ったときの税金で詳しく解説しています。
「配当で先に受け取る」と手取りはどうなるか
会社に1億円の余剰資金(事業に不要な現預金)があり、余剰資金を含めた株式の価格が3億円の場合を、単純化して比べます(株式の取得費は無視できるほど小さく、オーナーの所得は最高税率帯にあるという仮定の概算です)。
| A:配当せずに3億円で売る | B:1億円を配当し、2億円で売る | |
|---|---|---|
| 配当 | - | 1億円(税金 約4,940万円) |
| 株式の譲渡代金 | 3億円 | 2億円 |
| 譲渡益の税金(20.315%) | 約6,095万円 | 約4,063万円 |
| 税金の合計 | 約6,095万円 | 約9,003万円 |
| 手取りの合計 | 約2億3,905万円 | 約2億997万円 |
配当で受け取ったお金は、その分だけ株式の価格を下げます。会社の外に出すお金の総額は同じなのに、配当で受け取った部分には高い税率がかかるため、Bのほうが手取りは約2,900万円少なくなります。「配当で先に受け取れば得」というわけではありません。
配当が検討に値する場面
それでも、次のような場面では、売却前の配当や、その他の受取り方を試算する価値があります。
- 買い手が余剰資金を額面どおりに評価しない場合(現預金を「事業に必要な運転資金」とみて価格に含めない、など)。この場合、配当で受け取らないと、そのお金の分を実質的に手放すことになる
- 配当額が小さく、他の所得が少ない場合(税率の低い所得帯なら、配当控除で負担が小さくなることがある)
- 余剰資金が会社の外に出す必要のある資産(オーナー個人の資産として整理すべきもの)に対応している場合
現預金が価格にどう反映されるかは、ネットデット(純有利子負債)と現預金の扱いで解説しています。また、会社から受け取る方法としては、配当よりも、分離課税で2分の1課税になる役員退職金のほうが手取りが多くなることが多く、ここが売却前の検討の中心になります。どの金額から退職金が有利になるかは退職金と株式売却の税率の違いで試算しています。
大口の売却と追加負担
株式の譲渡益が大きい場合は、令和7年分から適用されている「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」も確認が必要です。株式の譲渡益も基準所得金額に含まれ、令和8年度改正で令和9年分以後は特別控除額1億6,500万円・税率30%に見直されています。詳しくは金融所得課税の強化とオーナーへの影響をご覧ください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る法人株主:受取配当等の益金不算入と簿価減額特例
100%子会社からの配当は原則として益金不算入
持株会社が子会社を売る場合は、話が逆になります。法人が他の内国法人から受ける配当は、保有割合に応じて益金に算入されません(法人税法23条)。
| 株式の区分 | 保有割合 | 益金不算入の割合 |
|---|---|---|
| 完全子法人株式等 | 配当の計算期間を通じて完全支配関係(100%) | 全額 |
| 関連法人株式等 | 3分の1超 | 全額(負債利子の一部を控除) |
| その他の株式等 | 5%超3分の1以下 | 50% |
| 非支配目的株式等 | 5%以下 | 20% |
100%子会社から売却前に配当を受ければ、その分は益金不算入で課税されず、子会社株式の価格(=譲渡益)は下がります。法人の譲渡益には法人税等がかかるため、法人株主にとっては売却前の配当が有利になることがあるのです。
子会社株式簿価減額特例(令和2年度改正)
この仕組みを使い、配当で子会社の価値を下げてから売って譲渡損を作り出すことが問題になり、令和2年度改正で子会社株式簿価減額特例が設けられました(法人税法施行令119条の3第7項ほか)。支配関係のある子会社から、事業年度内に株式の帳簿価額の10%を超える配当を受けると、益金不算入となる金額だけ子会社株式の帳簿価額を減らします。
ただし、子会社の設立から支配関係が生じるまで内国の普通法人・居住者などが90%以上を保有していた場合、支配関係が生じてから10年を超える場合、配当の合計額が2,000万円以下の場合などは、適用されません。オーナーが自分で設立し、持株会社で持ち続けてきた子会社なら適用除外に当たることが多い一方、過去にM&Aで買った子会社を売るときは注意が必要です。要件の詳細は持株会社(法人株主)が子会社株式を売る場合の税務で解説しています。
判例・裁決に見る「配当・みなし配当と売却」の論点
売却前の配当や、会社からの支払と株式の売却を組み合わせる場合に参考になる判例・裁決を紹介します。
| 判決・裁決 | 事案 | 判断 | 実務への示唆 |
|---|---|---|---|
| 東京高裁 平成27年3月25日判決(いわゆるIBM事件) | 中間持株会社が、子会社株式を取得価額と同じ1株当たりの価格で子会社に一部譲渡(自己株式の取得)。みなし配当(益金不算入)を除いた額を譲渡対価として約3,995億円の譲渡損失を計上 | 同族会社の行為計算否認(法人税法132条1項)を適用した更正処分を違法とした一審を維持し、国の控訴を棄却 | みなし配当と譲渡損の組合せは、平成22年度改正で完全支配関係がある法人間では譲渡損益を計上しない扱いになった(法人税法61条の2第17項)。現在は同じ方法は使えない |
| 最高裁 令和3年3月11日判決(令和元年(行ヒ)第333号) | 資本剰余金と利益剰余金の両方を原資とする配当を受けた法人株主の課税 | 両方を原資とする配当は全体が資本の払戻しに当たるとし、計算方法を定めた政令の一部を無効と判断(国の上告棄却) | 売却前の配当は、原資(利益剰余金か資本剰余金か)で課税が変わる。資本剰余金からの配当はみなし配当と譲渡損益の計算が必要 |
| 国税不服審判所 平成4年3月31日裁決(裁決事例集No.43 260頁) | 農事組合法人が旧出資者に支払った「退職金」は、新出資者が支払うべき出資持分の譲受代金の一部だった | 退職金は、新出資者に対する経済的利益の供与(寄付金)とされた | 会社から売り手への支払が、実質的に買い手が払うべき代金とみられると、名目どおりの税務処理にならない |
平成4年の裁決は、売却前の配当そのものではありませんが、M&Aで会社から売り手にお金を出すときの重要な示唆を含んでいます。配当や退職金の名目で会社から支払っても、金額の決め方や合意の内容から、実質は株式の対価の一部とみられると、名目どおりの税務処理は認められません。支払の目的、金額の根拠、議事録や契約書の記載を一致させておくことが大切です。自己株式の取得とみなし配当の仕組みは自己株式の取得とみなし配当で解説しています。
実行するなら:会社法の財源規制と契約上の扱い
分配可能額と手続
配当は、会社法461条の分配可能額の範囲でしか行えません。決算書上の利益剰余金があっても、自己株式や評価差額などで分配可能額が小さくなっていることがあります。手続は原則として株主総会の決議(会社法454条)で、取締役会設置会社では一定の要件のもと中間配当も可能です。分配可能額を超える配当は、受け取った株主や業務執行者に返還・支払の責任が生じるため、計算を必ず確認します。
株式譲渡契約での扱い
| 契約の方式 | 売却前の配当の扱い |
|---|---|
| クロージング調整方式 | クロージング時の純有利子負債・運転資本で価格を調整するため、配当で現預金が減れば価格も下がる |
| ロックドボックス方式 | 基準日以降の配当は「リーケージ(価値の流出)」として原則禁止。例外として認める配当は金額を契約に明記する |
| 共通 | 配当の源泉徴収(20.42%)の納付、配当決議の議事録、配当後の運転資金の確保を確認する |
方式の違いは価格調整の方法(クロージング調整とロックドボックス)で詳しく解説しています。
銀行から見た売却前の配当
配当で会社の現預金を大きく減らすと、売却後の会社の資金繰りや、銀行から見た返済能力に影響します。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算するため、現預金が減れば債務償還年数は長くなります。買い手が借入で買収する場合はとくに、配当後の現預金の水準について買い手や銀行と事前にすり合わせておくことが大切です。
まとめ
- 個人株主にとって、非上場株式の配当は総合課税で、所得が多いと約49%。株式の譲渡益は20.315%。同じお金なら株式の価格に含めて売るほうが手取りは多いのが一般的
- 配当で受け取ると、その分だけ株式の価格は下がる。会社から受け取るなら、配当より役員退職金のほうが有利なことが多い
- 法人株主は、100%子会社からの配当が原則全額益金不算入で、売却前の配当が有利になることがある。ただし子会社株式簿価減額特例に注意
- IBM事件のようなみなし配当と譲渡損の組合せは、現在はグループ内では使えない。配当の原資(資本剰余金か利益剰余金か)でも課税が変わる(最高裁令和3年3月11日判決)
- 会社からの支払が実質的に株式の対価とみられると、名目どおりの処理にならない(平成4年3月31日裁決)。分配可能額と契約上の扱いも確認する
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