M&Aの最終契約では、株式の代金のほかに、「売り手は売却後3年間、同じ事業をしない」という競業避止義務や、「売却後1年間、顧問として引継ぎに協力する」という顧問契約がつくのが一般的です。そして交渉の中で、「株式の代金を少し下げて、その分を競業避止の対価や顧問料として払いたい」と提案されることがあります。
同じ金額を受け取るとしても、名目によって所得の種類が変わり、税率も、払う会社の損金の扱いも変わります。この記事では、競業避止の対価と顧問料の税務を、受け取る側と払う側に分けて整理し、所得区分の考え方を示した最高裁判決や国税庁の資料、みなし役員の裁決を紹介します。
- 競業避止の対価・顧問料は、名目ではなく実態で所得区分が決まる。株式の代金の一部なら譲渡所得、それ以外は一時所得・雑所得・給与所得などに分かれうる
- 顧問料は、最高裁昭和56年4月24日判決の基準(指揮命令・時間的空間的拘束)で、給与所得か事業所得などかを判断する
- 顧問でも経営に従事していれば、法人税法上の役員(みなし役員)とされうる。報酬の損金算入のルールが変わる
- 払う会社では、競業避止の対価が株式の取得価額・繰延資産・損金のどれに当たるかが論点になる
- 株式の代金を下げて名目を付け替えると、税率が上がることもあり、実態のない支払は否認のリスクがある
競業避止と顧問契約は、なぜM&Aにつくのか
買い手が会社を買う理由の多くは、顧客、技術、人材です。売り手のオーナーが売却後すぐに同じ事業を始めれば、顧客や従業員が流れ、買収の前提が崩れます。そのため最終契約では、売り手に一定の期間・地域・事業の範囲で競業しない義務を課すのが通常です。
なお、会社が事業譲渡をした場合は、会社法21条により、当事者の別段の意思表示がない限り、譲渡会社は同一の市町村と隣接する市町村の区域内で、20年間は同一の事業を行えません。特約で競業しない旨を定めた場合は、30年の期間内に限り効力があります。株式譲渡ではこのような規定がないため、売り手個人の競業避止は契約で定めることになります。
顧問契約は、オーナーに依存していた取引先との関係や業務のノウハウを、一定期間で引き継ぐためのものです。売却後の役割の全体像は売却後、オーナーは会社に残るのかで整理しています。
| 条件 | 中身 | 対価の有無 |
|---|---|---|
| 競業避止義務 | 一定期間・地域・範囲で同じ事業をしない、従業員を引き抜かない | 株式の代金に含めることが多い。別建てで払う例もある |
| 顧問契約 | 引継ぎ期間中の助言、取引先への同行 | 月額の顧問料 |
| 役員としての残留 | 取締役・会長として経営に関与 | 役員報酬 |
受け取る側(売り手個人)の所得区分
競業避止の対価
競業避止の対価をどの所得とするかは、所得税法や通達で一律に定められていません。対価の性質で判断することになります。
| 実態 | 考えられる所得区分 | 課税の方法 |
|---|---|---|
| 株式の代金と一体で、株式の価値の一部を受け取っている | 譲渡所得(株式等の譲渡) | 分離課税20.315% |
| 将来競業しないこと(不作為)への一時の対価 | 一時所得または雑所得 | 総合課税(一時所得は50万円の特別控除後の2分の1) |
| 役員・顧問としての職務と結びついている | 給与所得など | 総合課税 |
一時所得は、所得税法34条で、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものとされています。競業しないという約束が「役務の対価」に当たるのかは解釈が分かれうる点です。
参考になるのが、国税庁の昭和42年の個別通達です。税理士が業務を廃止して得意先を他の税理士に引き継ぎ、その対価を受け取った事案について、広島国税局からの上申では、営業権に類似した権利の譲渡とみる説(譲渡所得)、得意先のあっせんとみる説(雑所得)、役務の対価とも考えられないとみる説(一時所得)の3つが示されました。国税庁は、得意先のあっせんの対価と認められるとして雑所得として扱うよう指示しています(国税庁「『税務および経理に関する業務』の譲渡に伴う所得の種類の判定について」)。事業から手を引いて相手に引き継ぐ対価でも、名目と実態によって所得区分が分かれうることを示す資料です。
顧問料:最高裁昭和56年判決の基準
売却後の顧問料は、給与所得か、事業所得・雑所得かが問題になります。弁護士の顧問料が争われた最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(昭和52年(行ツ)12号、民集35巻3号672頁)は、判断の一応の基準として次のように区別しました。
- 事業所得:自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性・有償性を有し、反復継続して遂行する意思と社会的地位が客観的に認められる業務から生ずる所得
- 給与所得:雇用契約またはこれに類する原因に基づき、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付。とりわけ、空間的・時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務を提供し、その対価として支給されるかが重視される
この事案では、勤務時間・場所の定めがなく、顧問先からの電話などに自分の事務所で随時応じていたことなどから、顧問料は事業所得とされました。M&A後の顧問に当てはめると、毎日会社に出て買い手の指示で働くなら給与所得に近づき、引継ぎのための随時の助言なら雑所得(業務に係る雑所得)などに近づきます。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る顧問でも「役員」とされることがある
売却後に取締役を退いて顧問になっても、税務では肩書ではなく実態が見られます。法人税法2条15号と施行令7条により、使用人以外の者で法人の経営に従事しているものは、登記上の役員でなくても法人税法上の役員(みなし役員)になります。
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 昭和55年2月20日裁決(裁決事例集No.20) | 登記上の役員でない人が、金融機関からの借入、仕入・販売の計画、従業員の採用と給与の決定を自らの責任で行っていた | 経営に従事する者として役員に当たる。賞与は役員賞与として損金不算入 |
| 平成28年3月31日裁決 | 代表就任前の大株主が経営に従事していたかが争われた | 具体的な事実関係が証拠上明らかでなく、役員に当たるとはいえない(処分の全部取消しを含む) |
みなし役員に当たると、顧問料は役員給与として扱われ、毎月同額の定期同額給与などでなければ損金になりません(法人税法34条1項)。また、売却時に役員退職金を受け取って顧問として残る場合は、実質的に退職したといえるかが問われます。経営に関与し続けていると、退職金の損金算入や退職所得としての課税が否認されるおそれがあります。詳しくは役員退職金が否認されるケースと退職金スキームとはをご覧ください。
払う側(買い手・対象会社)の扱い
誰が払うか
競業避止の対価や顧問料を、買い手(株式を買う会社)が払うのか、対象会社が払うのかで、税務の整理が変わります。
| 支払者 | 支払の性質 | 論点 |
|---|---|---|
| 買い手 | 株式の取得と一体の対価 | 株式の取得価額に含めるべきか |
| 買い手または対象会社 | 一定期間競業しないことの対価 | 繰延資産に当たり、期間で償却するか |
| 対象会社 | 顧問料 | 役務の実態があるか。みなし役員なら役員給与のルール |
法人税法施行令14条1項6号は、「役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用」や「自己が便益を受けるために支出する費用」で、支出の効果が1年以上に及ぶものを繰延資産としています。数年間の競業避止の対価を一度に払う場合、一括で損金にできるのか、繰延資産として期間で償却するのか、あるいは株式の取得価額に含まれるのかは、契約の内容と支払の実態から判断する必要があります。
実態のない顧問料は否認のリスク
対象会社が売り手に払う顧問料が、実際の業務に比べて高すぎる場合、実質は株式の代金の後払いや、会社から売り手への利益の移転とみられるおそれがあります。その場合、対象会社では損金にならない可能性があり、売り手側でも所得区分が変わりえます。買い手が引き継ぐ会社の税務リスクにもなるため、DDや契約交渉では顧問契約の内容まで見られます(税務DDで見られるポイント)。
代金を付け替えると、本当に得か
「株式の代金を下げて、顧問料や競業避止の対価で受け取る」ことは、受け取る側の税率から見ても有利とは限りません。
一時所得になる場合は、50万円の特別控除後の2分の1が課税対象になるため、計算は変わります。ただし、その所得区分になるかどうかは実態で判断されるため、税率の有利さから名目を選ぶことはできません。
- 競業避止の範囲・期間・地域と、その対価を株式の代金に含めるのか、別に払うのか
- 顧問契約の業務内容・期間・月額・勤務の形(常勤か随時か)
- 顧問として経営判断に関与しないこと(みなし役員・実質退職の論点)
- 顧問料を払う主体(買い手か対象会社か)と、源泉徴収の要否の確認
- 途中で顧問契約を解除された場合の扱い
銀行から見た顧問料
買い手がM&A融資を受ける場合、銀行は買収後の対象会社の返済能力を見ます。売り手への高額な顧問料が数年続く計画は、その分だけ返済原資を減らします。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。顧問料を含めた買収後の利益計画が、融資の審査でも説明できるものかを確認しておくとよいでしょう(M&Aの資金調達)。
まとめ
- 競業避止の対価・顧問料の所得区分は名目ではなく実態で決まる。株式の代金の一部なら譲渡所得、それ以外は一時所得・雑所得・給与所得などに分かれうる
- 顧問料は、最高裁昭和56年4月24日判決の指揮命令・拘束の有無の基準で判断する
- 顧問でも経営に従事していればみなし役員。役員給与のルールや、実質退職の判断に影響する
- 払う側では、株式の取得価額・繰延資産・損金のどれに当たるかを、契約と実態から整理する
- 代金の付け替えは、税率が上がることも、否認のリスクもある。契約と実態をそろえる
最終契約の全体像は株式譲渡契約の要点、代金の後払いやアーンアウトはアーンアウト・分割払い・役員としての残留もご覧ください。クレフティでは事業承継・M&A支援として、株式の代金・退職金・顧問料の組み合わせによる手取り額の試算と、契約条件の税務面の確認をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。
