M&Aで会社を売った後、しばらくして「対象会社に税務調査が入り、売却前の年度について追徴を受けた」と買い手から連絡が来ることがあります。売り手からすれば「もう自分の会社ではない」、買い手からすれば「買う前の話だ」という状況です。
売却後の税務調査で、追徴税額を払うのは誰か。法律上は対象会社ですが、経済的に誰が負担するかは株式譲渡契約の表明保証・特別補償で決まります。さらに、事業譲渡の後に会社を清算した場合には、株主が第二次納税義務を負うこともあります。この記事では、法令と公表裁決をもとに、売り手・買い手の責任分担と、調査への備えを解説します。
- 株式譲渡なら、売却前の年度の追徴も対象会社が払う。株主が替わっても納税義務は会社に残る
- 経済的な負担は契約で決まる。表明保証(申告は適正)と特別補償(売却前の税金は売り手負担)、調査協力条項を入れておく
- 更正の期間制限は原則5年、偽りその他不正の行為があれば7年、法人税の欠損金は10年
- 事業譲渡→清算の場合、清算後に見つかった税金でも、残余財産の分配を受けた株主が第二次納税義務を負うことがある(平成25年9月25日裁決)
- 売り手個人の株式譲渡益や退職金も調査の対象。退職金が否認されると、会社の損金不算入と源泉徴収の問題が買い手側に残る
売却後の調査で、誰に何が起こるか
株式譲渡の場合
株式譲渡では、会社そのものは変わらず、株主が替わるだけです。法人税や消費税、源泉所得税の納税義務者は会社なので、売却前の年度について調査で追徴が決まれば、会社が本税・加算税・延滞税を払います。会社の株主は買い手になっているため、実際には買い手が負担することになるのが出発点です。
| 立場 | 売却前の年度の調査で起こること |
|---|---|
| 対象会社 | 調査を受け、修正申告・更正により本税・加算税・延滞税を納める |
| 買い手(新株主) | 会社の財産が減る。契約に基づいて売り手に補償を求める |
| 売り手(旧株主・旧経営者) | 契約上の補償責任を負うことがある。事実関係の説明や資料の提供を求められる |
事業譲渡の場合
事業譲渡では、事業を譲り渡した会社(売り手の会社)が納税義務を負い続けます。買い手は原則として売り手の会社の税金を引き継ぎません。ただし、次の場合は例外があり得ます。
- 売り手の会社の親族・被支配会社などの特殊関係者が事業を譲り受けて同一または類似の事業を営み、売り手の会社がその事業に係る国税を滞納した場合(国税徴収法38条)
- 売り手の会社から無償または著しく低い額で財産を譲り受けた場合(同法39条)
公表裁決では、吸収分割で滞納会社の事業を承継した会社について、分割の効力発生と同時に滞納会社が50%超の株主になったことから特殊関係者に当たるとして、国税徴収法38条の第二次納税義務を認めた例があります(平成25年6月5日裁決)。
期間制限と加算税:どこまで、いくら
何年さかのぼるか
| 区分 | 更正ができる期間(国税通則法70条) |
|---|---|
| 原則 | 法定申告期限から5年 |
| 偽りその他不正の行為で税額を免れた場合など | 7年 |
| 法人税の欠損金額を増減させる更正 | 10年 |
本税以外にかかるもの
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| 過少申告加算税 | 原則として追加の本税の10%(一定額を超える部分は5%を加算) |
| 重加算税 | 隠ぺい・仮装があった場合、過少申告加算税に代えて35% |
| 延滞税 | 法定納期限の翌日から納付の日までの日数に応じてかかる |
| 地方税 | 法人住民税・事業税も連動して増える |
前の経営者のもとで売上の除外や架空経費などの隠ぺい・仮装があれば、会社に重加算税が課され、期間も7年に延びます。株主が替わったことは、会社に課される加算税を軽くする理由にはなりません。買い手がDDで最も気にするのはこの点で、税務DDで見つかる典型的な問題と否認された裁決事例で具体例を紹介しています。
契約で決める責任分担
3つの条項
売却後の調査に備える契約条項は、主に次の3つです。条項の書き方は株式譲渡契約書に入れるべき税務リスクの条項で詳しく扱います。
| 条項 | 内容 | 売り手から見たポイント |
|---|---|---|
| 表明保証 | 「過去の税務申告は法令に従って適正に行われ、未払の税金はない」などと表明し保証する | 知っている問題はDDで開示し、表明保証の対象から外す。期間・上限を決める |
| 特別補償 | クロージング日以前の期間に対応する税金は、売り手が補償する、と個別に定める | 対象の税目・期間・上限を限定する。加算税・延滞税・地方税を含むかも明記する |
| 調査協力・手続 | 調査の通知、対応方針の協議、修正申告前の同意、不服申立ての判断、資料の提供 | 買い手が独断で修正申告に応じて補償を請求することを防ぐ |
中小M&Aガイドライン(第3版)は、期間や責任上限がない、適用場面が明確でない表明保証は、売り手が過大な責任を負い争いになるリスクがあるとし、定型的に無期限・無制限の表明保証を設けることは慎重に検討すべきだとしています。税金については、更正の期間制限(原則5年)を意識しつつ、DDで具体的に見つかった論点ごとに特別補償を置くのが現実的です。
補償の原資の確保
売り手が引退した後に補償を請求しても、回収できなければ意味がありません。代金の一部をエスクローに預ける、表明保証保険を使う、といった方法があります。エスクローに預けた代金も、原則として株式の引渡しの年の譲渡所得の収入金額とされた公表裁決(平成12年4月14日裁決)があることにも注意が必要です。詳しくはエスクロー・ホールドバックとM&A保険(表明保証保険)とはをご覧ください。
補償金の税務
売り手が買い手に払う補償金が、税務上どう扱われるかは、契約で「譲渡代金の減額」と定めるか、「損害賠償」と定めるか、補償を受けるのが買い手か対象会社か、によって考え方が変わります。売り手個人の譲渡所得がさかのぼって減るのか、買い手の株式の取得価額が減るのか、対象会社や買い手の益金になるのか、は判断が分かれうる論点です。契約書を作る段階で、補償の支払先と性質を税理士と確認しておきましょう。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る調査が来たときの対応
買い手(対象会社)がすること
- 調査の通知を受けたら、契約に従ってすぐ売り手に通知する
- 対象年度の帳簿・契約書・議事録・メールなどを確保する。売却前の資料の保管場所を、クロージング時に引き継いでおく
- 指摘事項について、売り手(旧経営者)から事実関係の説明を受ける
- 修正申告に応じるか、更正を受けて不服申立てをするかを、契約に従って売り手と協議する
法人税の帳簿書類は原則7年(欠損金が生じた年度は10年)の保存が必要です。売却前の年度の資料を、旧経営者が個人で持ち帰ってしまうと、調査で説明ができなくなります。
売り手(旧経営者)がすること
売り手は、もう会社の役員ではなくても、当時の取引の事情を最もよく知る人です。調査への協力を契約で約束しているなら、資料や説明の提供に応じます。特別補償の対象になる論点なら、修正申告に応じる前に、指摘が正しいかを自分の税理士と確認することが大切です。指摘を受けた事実を争う余地があるのに、買い手側が早々に修正申告に応じてしまえば、売り手の補償額が増えるだけになりかねません。
売り手個人への調査:株式譲渡益と退職金
売却後には、売り手個人の確定申告も調査の対象になり得ます。よく問題になるのは次の点です。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 株式の取得費 | 取得費の根拠(払込みの記録、相続・贈与の記録)。わからないときの扱いも確認しておく |
| 譲渡費用 | 仲介手数料など、譲渡のために直接要した費用か |
| 収入の時期 | エスクロー・分割払いの部分も、原則として引渡しの年の収入 |
| 役員退職金 | 売却後も役員・顧問として残る場合、「実質的に退職したか」。金額が過大でないか |
| 売却前の資産の整理 | 会社から車・保険・不動産を移したときの価格が時価だったか |
とくに役員退職金は、否認されると影響が売り手と買い手の両方に及びます。退職の事実が認められなければ、会社では役員給与(賞与)として損金に算入されず、源泉徴収の差額も会社に追徴されます。この負担を誰が持つかも、契約で決めておく必要があります。否認された事例は役員退職金が否認されるケース、売却前の資産の整理は会社名義の車・保険・社宅などの売却前の整理をご覧ください。
事業譲渡・清算の後に見つかった税金と第二次納税義務
事業譲渡で事業を売り、その代金を株主に分配して会社を清算する、という流れは、廃業に近い形のM&Aでよく使われます。この場合に注意したいのが、清算人と株主の第二次納税義務(国税徴収法34条)です。法人が国税を納めないまま残余財産を分配すると、法人から徴収しきれない場合に限り、清算人と分配を受けた株主が、分配額などを限度に納付の責任を負います。
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 平成25年9月25日裁決 | 解散した法人から残余財産の分配を受けた株主が、分配時には法人に滞納はなかったと主張 | 34条の「法人に課されるべき国税」は、解散や分配の時に成立していた国税に限られず、法人が結果的に納めなければならないすべての国税をいう。株主は第二次納税義務を負う |
| 平成19年12月21日裁決(裁決事例集No.74 465頁) | 営業譲渡の日に、譲渡代金の一部を「株式譲渡代金」の名目で個人株主に交付 | 法人は債務超過で株式に経済的価値はなく、営業譲渡は解散を前提に行われたと認定。金員は営業譲渡の対価の分配で、残余財産の分配に当たる |
| 平成25年6月5日裁決 | 吸収分割で滞納会社の事業を承継した会社の第二次納税義務 | 特殊関係者の判定は分割の効力発生日の現況による。効力発生と同時に滞納会社が50%超の株主になったので特殊関係者に当たり、国税徴収法38条の第二次納税義務を負う |
平成25年9月25日裁決/平成19年12月21日裁決/平成25年6月5日裁決(いずれも国税不服審判所 公表裁決事例)
平成25年9月25日裁決は、清算した後に調査で見つかった税金でも、分配を受けた株主が責任を負い得ることを示しています。事業譲渡と清算を組み合わせる場合は、清算の前に過去の申告を見直し、問題があれば修正申告で精算しておくことが、結果として株主を守ることになります。事業譲渡と清算の手取りの比較は廃業と売却の比較もご覧ください。
- 売却前に、過去5〜7年の申告の問題点を自分の側で洗い出したか(必要なら修正申告)
- DDで見つかった税務の論点を開示し、特別補償の対象・期間・上限を決めたか
- 調査の通知、対応の協議、修正申告前の同意など、調査協力の手続を契約に書いたか
- 補償の原資(エスクロー・保険など)と、補償金の税務上の性質を確認したか
- 売却前の年度の帳簿・資料の保管と引継ぎ方法を決めたか
- 事業譲渡→清算なら、清算前に未払の税金がないかを確認したか
まとめ
- 株式譲渡なら、売却前の年度の追徴も対象会社が払う。経済的な負担は表明保証・特別補償で決まる
- 更正の期間制限は原則5年、偽りその他不正の行為があれば7年、法人税の欠損金は10年。加算税・延滞税・地方税も含めて補償の範囲を決める
- 調査協力条項で、通知・協議・修正申告前の同意を定めておく。補償金の税務上の扱いは契約の定め方で変わりうる
- 売り手個人の株式譲渡益や退職金も調査の対象。退職金の否認は会社側にも影響する
- 事業譲渡→清算では、清算後に見つかった税金でも株主が第二次納税義務を負うことがある(平成25年9月25日裁決)
売却後の税務調査のリスクは、売る前の準備と契約で大きく減らせます。クレフティでは事業承継・M&A支援として、売却前の申告の見直し、特別補償・調査協力条項の確認、売却後の調査対応のご相談をお受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
