オーナー経営の会社では、会社と社長個人の財産がはっきり分かれていないことがよくあります。会社名義の車を家族が使っている、社長の自宅が会社の社宅になっている、社長個人の名義の土地に会社の倉庫が建っている、といった状態です。
会社を売るときには、こうしたオーナー個人に関わる資産を売却前に整理しなければなりません。買い手は事業に必要な資産だけを買いたいからです。ところが、整理の仕方を誤ると、時価との差額が役員給与とされて、会社と社長の両方に税金がかかることがあります。この記事では、中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」の考え方と、法人税・所得税・消費税のルール、私的な使用や低額譲渡が争われた公表裁決をもとに、整理の進め方を解説します。
- ガイドラインは、①会社のBSにあるが事業に使っていない個人用の資産(自家用車など)は会社から経営者に売る、②BSにないが事業に使っている経営者個人の資産(社長名義の土地など)は買い手に売るか引き継ぐ、という整理を求めている
- 会社から社長に移すときは時価で。低い価格だと差額は役員給与(原則損金不算入)になり、源泉徴収も必要
- 役員への著しく低い価格の譲渡は、消費税も時価で課税される
- 整理は最終契約の前に。残る場合は資産ごとの移転方法と価格を契約に書く
中小M&Aガイドラインが求める「経営者に関連する資産」の整理
中小M&Aガイドライン(第3版)は、売り手の会社の財産と経営者個人の財産が明確に分かれていない場合には、M&Aにあたって財産を整理することが求められるとして、次の2つの例を挙げています。
| 区分 | 例 | ガイドラインが示す整理 |
|---|---|---|
| 貸借対照表にないが、事業に使われている経営者個人の財産 | 経営者個人名義で登記されている土地など | 買い手に売却するか、引き継ぐ |
| 貸借対照表にあるが、経営者個人の財産として使われ、事業に使われていないもの | 自家用車など | 会社から経営者個人に売却する |
そのうえでガイドラインは、整理を最終契約の後に行うと、最終契約で合意した内容に大きな変更が生じて争いになるリスクがあるため、可能な限り最終契約前に行うことが望ましいとし、最終契約後に残る場合も、対象の資産を確実に特定し、資産ごとの移転方法・譲渡額を最終契約に具体的に書くことが重要だとしています。
実務でよく出てくる資産を整理すると、次のようになります。
| 資産 | よくある状態 | 主な整理の方法 |
|---|---|---|
| 車 | 会社名義の高級車を社長や家族が使っている | 時価で社長が買い取る、または売却して処分 |
| 社宅 | 社長の自宅が会社所有、または会社が借りて社長に貸している | 時価で社長が買い取る、賃貸借契約を社長個人に切り替える |
| 生命保険 | 社長を被保険者とする保険を会社が契約している | 解約、名義変更して社長に移す、買い手に引き継ぐ |
| ゴルフ会員権・リゾート会員権 | 社長個人の趣味で使っている | 時価で社長が買い取る、売却する |
| 美術品・骨董品 | 社長室に飾っている | 時価で社長が買い取る |
| 社長名義の土地・建物 | 会社の工場・倉庫・店舗が建っている | 会社または買い手に売る、賃貸借契約を整える |
| 役員貸付金・役員借入金 | 会社と社長の間にお金の貸し借りがある | 返済、相殺、債権放棄などで解消する |
生命保険は論点が多いため役員保険の名義変更・解約と売却前の税務で、役員借入金は役員借入金の解消方法、役員貸付金は役員貸付金の解消方法で詳しく扱います。
会社から社長に移すときは「時価」が原則
低い価格で移すと役員給与になる
会社が資産を社長に売るときに最も注意したいのが価格です。法人税基本通達9-2-9は、役員給与とされる「経済的な利益」の例として、次のようなものを挙げています。
- 役員に資産を贈与した場合の、その資産の価額
- 役員に所有資産を低い価額で譲渡した場合の、資産の価額と譲渡価額との差額
- 役員の居住用の土地・家屋を無償または低い賃料で提供した場合の、通常の賃料との差額
- 役員のために個人的な費用を負担した場合の、その費用の額
時価より低い価格で社長に売ると、会社は時価で売ったものとして収益を計算し、差額は社長への役員給与になります。この経済的な利益は毎月一定の定期同額給与には当たらないため、原則として損金に算入されません。社長個人にとっては差額が給与所得になり、会社には源泉徴収の義務が生じます。
| 譲渡価格 | 会社 | 社長個人 |
|---|---|---|
| 時価 | 時価と帳簿価額の差額が売却損益 | 課税なし(時価が取得価額) |
| 時価より低い | 時価で売ったものとして収益を計算。差額は役員給与で原則損金不算入。源泉徴収が必要 | 差額が給与所得 |
| 無償(贈与) | 時価全額が役員給与 | 時価全額が給与所得 |
帳簿価額と時価は一致しない
よくある誤解が「帳簿価額で買い取れば問題ない」というものです。車は定率法で償却が進むと、帳簿価額が市場の買取価格より大きく下がることがあります。反対に、社宅の土地は値上がりして、帳簿価額より時価が高くなっていることもあります。帳簿価額は時価の根拠にはなりません。
車なら複数の買取業者の査定、不動産なら不動産鑑定や固定資産税評価額・路線価を参考にした価格など、第三者が見ても納得できる根拠を残しておきましょう。不動産を会社から個人に移す場合の考え方は法人から個人への不動産の売却でも解説しています。
消費税も時価で課税される
会社が課税事業者なら、車や建物を社長に売ることは消費税の課税取引です。消費税法28条1項ただし書は、法人が資産を役員に譲渡した場合に、その対価が時価に比べて著しく低いときは、時価を対価の額とみなすと定めています。役員への資産の贈与も、事業として対価を得て行われた譲渡とみなされます(同法4条5項2号)。法人税だけでなく、消費税の計算も時価で考えておく必要があります。
公表裁決に見る「私的な使用」と「低額譲渡」
整理の前提として、会社名義の資産をオーナーや家族が私的に使っていた期間の税務も問題になりえます。公表されている裁決事例を見てみましょう。
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 平成24年11月1日裁決 | 会社名義で取得した車両を、実質経営者(100%株主)の妻が個人的に使っていた。原処分庁は、車両の取得費等が役員給与に当たり、隠ぺい・仮装にも当たると主張 | 車両の所有者は会社であり、車両を贈与したとまではいえない。ただし、妻が専属的に使っていたので、通常支払うべき使用料に相当する経済的利益は実質経営者への役員給与に当たる |
| 平成16年3月16日裁決(裁決事例集No.67 447頁) | 会社が建てたリゾート地の建物(帳簿価額約5,200万円)を代表者に税込500万円で譲渡 | 審判所が依頼した鑑定で時価を1,226万円と認定。譲渡価額との差額約750万円を益金に算入し、代表者への役員賞与として損金不算入(時価が原処分庁の認定より大幅に低いため、更正処分は全部取消し) |
| 平成15年2月13日裁決(裁決事例集No.65 414頁) | 代表者の海外出張に同伴した7〜9歳の長男の渡航費を会社が負担 | 業務遂行に必要な同伴とは認められず、代表者が個人的に負担すべき費用として代表者への賞与 |
| 平成27年7月28日裁決 | 代表者が青年会議所の会議に出席するための交通費・宿泊費・日当を会社が負担 | 会社の事業遂行上必要な費用ではなく、代表者への給与に当たる |
平成24年11月1日裁決/平成16年3月16日裁決/平成15年2月13日裁決/平成27年7月28日裁決(いずれも国税不服審判所 公表裁決事例)
平成24年の裁決は、会社の資産を私的に使っていても、それだけで資産そのものの贈与になるわけではなく、使用料相当額が役員給与になるとした点で参考になります。平成16年の裁決は、時価は帳簿価額でも単純な未償却残高でもなく、その資産の市場性を踏まえて判断されることを示しています。
M&Aの文脈では、こうした私的な支出は、買い手の税務DDで「過去の申告に追徴リスクがある」と指摘される典型的な項目です。売却前に整理しておくことは、価格交渉で不利にならないための準備でもあります。DDで見つかりやすい問題はDDでよく見つかる問題と価格への反映をご覧ください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る社宅と社長名義の土地の整理
社長の自宅が会社の社宅になっている場合
社長の自宅が会社の所有、または会社が借りて社長に貸している場合、売却後に買い手の会社が社長に住まいを提供し続けるのは不自然です。方法は主に2つです。
- 社長が会社から時価で買い取る(会社所有の場合)
- 賃貸借契約を社長個人に切り替える(会社が借りている場合)
売却前の期間について、社長から受け取っていた家賃が適正だったかも確認しておきます。国税庁タックスアンサーNo.2600によると、役員に社宅を貸す場合は、固定資産税の課税標準額などから計算する「賃貸料相当額」以上の家賃を受け取っていれば給与として課税されませんが、床面積が240平方メートルを超えるなどの豪華社宅に当たる場合は、通常支払うべき使用料が基準になります。家賃が足りなければ、差額は役員給与です。社宅の家賃の計算は役員社宅の家賃で詳しく解説しています。
社長名義の土地に会社の建物がある場合
逆に、社長個人の名義の土地に会社の工場や倉庫が建っている場合は、買い手から見ると「事業に必要な土地が、売却後も他人(元オーナー)のもの」という状態です。
| 方法 | 社長個人の税金 | 注意点 |
|---|---|---|
| 会社に売ってから株式を売る | 土地の譲渡所得に課税(所有期間5年超なら長期譲渡所得) | 会社の買取資金が必要。株価に土地が含まれる |
| 買い手に直接売る | 同上 | 株式譲渡と同時に決済する段取りが必要 |
| 社長が貸し続ける | 地代が不動産所得 | 地代の水準、借地権の認定(無償返還の届出の有無)を確認。売却後も元オーナーと会社の関係が続く |
地代を払わずに会社が使っている場合や、権利金を払わずに会社の建物を建てた場合は、借地権の扱いが問題になります。土地の扱いは株価にも影響するため、会社が持つ不動産と企業価値や不動産を会社から切り離してから売る方法とあわせて検討します。
銀行の担保・保証との関係
社長名義の土地が会社の借入の担保になっていることもよくあります。土地を整理するなら、担保の差し替えや抹消を銀行と調整しなければなりません。ガイドラインも、クロージングにあたって担保解除と抹消登記について、取引金融機関との調整が事前に必要になることがあるとしています。経営者保証の解除と一緒に進めることが多いため、M&Aで経営者保証を外すための実務も参考にしてください。
整理の手順と、株価・手取りへの影響
進め方
- 会社のBSと固定資産台帳、保険証券、会員権、社長個人の不動産の登記を並べて、会社と個人の資産の一覧を作る
- それぞれ「事業に使っているか」「誰が使っているか」を確認し、移す資産と残す資産を決める
- 移す資産ごとに時価の根拠(査定書・鑑定書など)を用意する
- 売買契約書・取締役会(または株主総会)の承認を整える(会社と取締役の取引は利益相反取引として承認が必要)
- 消費税・源泉徴収・登記・名義変更の手続を済ませる
- 最終契約の前に完了させる。間に合わない資産は、移転方法と価格を最終契約に明記する
会社と取締役の間の売買は、会社法356条1項2号・365条の利益相反取引に当たり、取締役会設置会社では取締役会の承認が必要です。M&Aの前に議事録を整えておくことは、買い手の法務DDへの備えにもなります。
株価と手取りへの影響
会社の資産を社長が時価で買い取れば、会社には現金が入り、資産が減るだけなので、理屈の上では株価への影響は中立です。ただし、買い手が正常EBITDAで価格を決めるなら、社長個人のための車両費や社宅の費用は「売却後はなくなる費用」として利益に足し戻されます。こうした調整は役員報酬・オーナー個人の経費の正常化で解説しています。
社長個人から見ると、資産の買取りで手元の現金が減る一方、株式の譲渡代金は会社に入った現金の分だけ増えることになります。株式の譲渡益には20.315%の税金がかかるため、どの資産を買い取り、どの資産を会社に残して売るかで、最終的な手取りは変わります。資産ごとに試算して決めるのが安全です。
まとめ
- 中小M&Aガイドラインは、会社にある個人用の資産は経営者に売る、経営者個人名義で事業に使っている資産は買い手に売るか引き継ぐ、という整理を求めている
- 会社から社長に移すときは時価で。低い価格だと差額は役員給与(原則損金不算入)になり、源泉徴収も必要。消費税も著しく低い価格なら時価で課税
- 公表裁決では、私的に使っていた車両の使用料相当額、低額で譲渡した建物の時価との差額、家族の渡航費などが役員給与とされている
- 社宅は買取りか賃貸借の切替え、社長名義の土地は売却か賃貸借の整理。担保の差し替えも銀行と調整する
- 整理は最終契約の前に。間に合わない分は資産ごとの移転方法と価格を契約に書く
資産の整理は、税金だけでなく、株価、手取り、銀行の担保、買い手のDDにまで影響します。クレフティでは事業承継・M&A支援として、会社と個人の資産の一覧づくり、時価の根拠の整理、資産ごとの手取りの試算をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
