入居者が住んだままの物件を買う、いわゆるオーナーチェンジでは、決済の場で敷金の引継ぎと家賃の精算が行われます。精算書には「敷金承継分 ▲300万円」「家賃日割精算 +12万円」といった項目が並び、最終的に払う金額は売買代金と一致しません。
このとき迷いやすいのが、取得価額は売買代金なのか、実際に払った金額なのか、そして精算金は何の勘定で処理するのかです。この記事では、敷金の返還債務が引き継がれる仕組みを確認したうえで、取得価額の計算、前受家賃・未収家賃の精算、償却敷金の扱い、消費税、公表裁決、決算書の表示と銀行からの見え方を整理します。
- 対抗要件を備えた賃貸借の物件を買うと、賃貸人の地位と敷金の返還債務は買主に移る(民法605条の2)
- 敷金相当額を代金から差し引いて決済しても、取得価額は差引前の売買代金が基本。引き継いだ敷金は預り敷金(負債)
- 引渡日以降の前受家賃の精算金は、買主の家賃収入。取得価額を減らすものではない
- 償却敷金(敷引)がある契約は、承継する金額の内訳(返還予定額と償却部分)を契約で明確にする
- 預り敷金は返還義務のある負債。銀行は手元資金から差し引いて見ることもあるため、別管理が安全
敷金の返還債務は買主に移る
民法605条の2
民法605条の2第1項は、賃貸借の対抗要件(建物の引渡しを受けているなど)を備えた不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は譲受人に移転するとしています。そして同条4項は、賃貸人たる地位が移転したときは、必要費・有益費の償還債務と、敷金の返還に係る債務は、譲受人が承継すると定めています。
敷金とは、名目を問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の債務を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭をいい、賃貸借が終了して物件の返還を受けたときに、未払賃料などを差し引いた残額を返還しなければなりません(民法622条の2)。
つまり、入居者が退去したときに敷金を返すのは買主です。売主の手元にある敷金は、決済の際に買主に引き渡すか、売買代金から差し引く形で精算するのが一般的です。
決済時の精算の典型例
| 精算項目 | 内容 | 買主の処理 |
|---|---|---|
| 売買代金 | 契約書の金額 | 取得価額の基礎(土地・建物に按分) |
| 敷金承継分(代金から差引) | 売主が預かっていた敷金のうち、返還予定の金額 | 預り敷金(負債) |
| 前受家賃の日割精算(売主から買主へ) | 売主が受け取っていた引渡日以降の家賃 | 家賃収入(引渡日以降の期間分) |
| 固定資産税・都市計画税の精算(買主から売主へ) | 引渡日以降の期間に対応する税相当額 | 取得価額 |
| 管理費・修繕積立金の精算(区分所有) | 引渡日以降の期間分 | 引渡日以降の管理費等 |
固定資産税の精算金は、名目が税金でも取得価額に入ります(固定資産税の精算金は取得価額)。精算項目ごとに、取得価額に入るもの、負債になるもの、収入・費用になるものを分けることがポイントです。
取得価額の計算:差し引く前の金額が基本
敷金の引受けも対価の一部
売買代金1億円の物件で、売主が預かっている敷金300万円を買主が引き継ぎ、決済時に代金から差し引いて9,700万円を払ったとします。
| 項目 | 金額 | 処理 |
|---|---|---|
| 売買代金 | 1億円 | 土地・建物の取得価額(按分) |
| 敷金承継分 | ▲300万円 | 預り敷金(負債)300万円 |
| 決済時の支払額 | 9,700万円 | 現預金の減少 |
買主は、9,700万円の現金と、将来300万円を入居者に返す債務の引受けによって、1億円の物件を取得しています。取得価額は、差し引く前の1億円を基礎にするのが基本です。9,700万円を取得価額にすると、物件の価値を過小に計上し、後で敷金を返したときに処理の行き場がなくなります。
契約書の書き方として、「売買代金9,700万円、買主は敷金返還債務300万円を承継する」と書かれている場合も、実質は同じです。買主が引き受けた債務の額も含めて、物件の対価と考えます。どちらの書き方でも処理がぶれないよう、精算書で敷金の金額と内訳を明確にしておきましょう。
法人と個人の違い
| 論点 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 取得価額 | 差引前の売買代金を基礎に、土地・建物に按分 | 同じ |
| 預り敷金 | 負債。退去時に返還 | 同じ(帳簿上の負債として管理) |
| 前受家賃の精算金 | 引渡日以降の期間に対応する家賃収入(期間対応) | 引渡日以降の期間の家賃として不動産所得の収入 |
| 退去時の敷金からの差引 | 原状回復費や未払賃料と相殺。返還不要が確定した部分は収益 | 同じ。返還不要が確定した部分は収入 |
家賃の計上時期の原則は家賃収入の計上時期で解説しています。
償却敷金(敷引)がある場合
契約時から返還しないことが決まっている償却部分(敷引)は、通常、売主が契約時(引渡し時)に収益として計上しています。この部分を買主に引き継ぐのか、売主が受け取ったままにするのかは、売買契約で決める事項です。
承継する金額を「返還予定額」だけにするのが一般的ですが、売主が預かった総額を引き継ぐ取り決めにすると、すでに売主が収益にした部分と、退去時に買主が返さなくてよい部分が重なり、処理が複雑になります。入居者ごとの敷金の総額・償却予定額・返還予定額を一覧にし、承継額の根拠を契約書・精算書に残しておきましょう。礼金・敷金・償却敷金の収益の時期は礼金・敷金・保証金・更新料・償却敷金の処理で詳しく扱っています。
前受家賃・未収家賃の精算と消費税
前受家賃:買主の家賃収入
家賃は前月末までに翌月分を受け取る契約が多いため、月の途中に引渡しがあると、売主は引渡日以降の分の家賃もすでに受け取っていることになります。この部分は、決済時に日割りで計算し、売主から買主に渡す(または代金から差し引く)のが一般的です。
買主にとって、この精算金は自分が所有する期間の家賃です。物件の値引きではないので、取得価額から差し引かず、家賃収入として処理します。売主の側では、引渡日以降の分を渡すことで、自分の所有期間の家賃だけが収入として残ります。
未収家賃・滞納家賃
売主の所有期間中に発生した未収家賃・滞納家賃は、原則として売主の債権です。買主が引き継ぐ取り決めにする場合は、その債権を買い取るのか、回収したら売主に渡すのかを契約で定めます。買主が債権を対価を払って買い取った場合、それは物件の取得価額ではなく、債権の取得です。滞納家賃の扱いは滞納家賃と貸倒損失の要件で解説しています。
消費税とインボイス
| 項目 | 消費税の扱い |
|---|---|
| 敷金の承継(預り金の引継ぎ) | 返還を要する預り金なので、資産の譲渡等の対価ではない |
| 住宅の家賃の精算 | 住宅の貸付けは非課税 |
| 店舗・事務所の家賃の精算 | 課税。精算した家賃をどちらの課税売上げとして扱うか、精算書と処理をそろえる |
| 建物の購入 | 課税。建物の対価の額には、引き受けた敷金返還債務を含めて考えるのが基本 |
住宅として貸す建物は、居住用賃貸建物として仕入税額控除の対象外です(居住用賃貸建物の消費税)。店舗・事務所の入居者がいる物件では、オーナーが変わると、入居者が仕入税額控除のために受け取るインボイスの発行者も変わります。賃貸人の変更と、買主の登録番号を入居者に通知しておきましょう(インボイス制度と賃貸借契約)。
公表裁決:引き継いだ敷金は売主の譲渡収入
平成6年7月8日裁決(裁決事例集No.48・54頁)
賃貸物件を譲渡した個人の譲渡所得について、売買価格そのものが争われた事案です。請求人は、真の売買価格は5,700万円で、これに買主に引き継いだ預り敷金164万円を加算した5,864万円が譲渡収入金額であると主張し、原処分庁は、売買価額は8,500万円で、預り敷金404万円を加算した金額が譲渡収入金額であると主張しました。
審判所は、原処分庁が根拠とした関係人の答述やメモは信ぴょう性を欠くとして、売買価額を5,700万円と認定し、本件物件の譲渡に伴って最終買主に引き継がれた預り敷金の額は164万円と認められるから、これらの合計5,864万円が譲渡収入金額と認定して、原処分の一部を取り消しました(国税不服審判所)。
実務への示唆:争点は売買価額の認定でしたが、請求人・原処分庁・審判所のいずれも、買主に引き継いだ預り敷金を譲渡収入金額に加算する前提で計算しています。売主にとって敷金の引継ぎは対価の一部であり、裏返せば、買主にとっても引き受けた敷金は物件の対価の一部です。売主と買主で、敷金の額と扱いをそろえておくことが大切です。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る会計上の扱いと決算書の表示
企業会計(一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)。中小企業では「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」など)では、引き継いだ敷金は返還義務のある預り敷金(預り保証金)として負債に計上します。固定資産の取得原価は、支払った現金だけでなく、引き受けた債務も含めた対価で測るのが基本的な考え方です。
負債の表示区分は、1年以内に返還が見込まれるかどうかで考えます。賃貸借が継続している入居者の敷金は固定負債(長期預り金など)とされることが多い一方、退去が決まっていて1年以内に返す予定のものは流動負債です。
著書では、BSの整え方として「資産は上に、負債は下に」という考え方を紹介しています。流動資産÷流動負債で見る流動比率は、負債が短期よりも長期に計上されるほど改善します。ただし、表示区分は返還の見込みという実態で決まります。税務上の処理とは別に、決算書の表示区分(流動負債か固定負債か)は企業会計の基準(GAAP)に沿って判断する必要があり、どの区分にできるかは契約と実態次第です。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
| 論点 | 影響 |
|---|---|
| 取得価額 | 差引前の売買代金で計上すれば、物件の簿価が実態に合う |
| 負債 | 預り敷金が負債に加わる。純資産は変わらないが、総資産・総負債は膨らむ |
| 手元資金 | 敷金相当額を差し引いて決済した分、自己資金の持ち出しは減るが、その分は将来返す義務がある |
| 債務償還年数 | 著書のモデルでは「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」。預り敷金を返済義務として現預金から差し引いて見る銀行もある |
オーナーチェンジ物件では、敷金を差し引いた分だけ決済時の支払いが少なくなり、自己資金が少なくて済んだように見えます。しかし、その敷金は入居者の退去のたびに返す必要があります。退去が重なる時期や、大口の店舗テナントの保証金がある物件では、敷金相当額を別口座で管理するなど、返還に備えた資金を確保しておくのが安全です。銀行への説明でも、預り敷金の内訳と、返還資金の確保の状況を示せると評価されやすくなります。自己資金の考え方は物件購入時の自己資金(頭金)、銀行の見方は不動産投資の銀行格付けをご覧ください。
実務のチェックポイント
- レントロールで、入居者ごとの敷金の総額・償却予定額・返還予定額を確認したか
- 売買契約書・精算書で、承継する敷金の額と内訳を明確にしたか
- 取得価額を、敷金を差し引く前の売買代金を基礎に計算し、預り敷金を負債に計上したか
- 前受家賃の精算金を、取得価額ではなく引渡日以降の家賃収入として処理したか
- 未収家賃・滞納家賃の帰属を契約で決め、買い取った場合は債権として処理したか
- 店舗・事務所の入居者に、賃貸人の変更と登録番号を通知したか
- 預り敷金を、返還の見込みに応じて流動・固定に区分したか
- 敷金相当額を運転資金と分けて管理しているか
まとめ
- 対抗要件を備えた賃貸借の物件を買うと、賃貸人の地位と敷金の返還債務は買主に移る(民法605条の2)
- 敷金を代金から差し引いて決済しても、取得価額は差引前の売買代金が基本で、引き継いだ敷金は預り敷金
- 売主の側では、買主に引き継いだ預り敷金を譲渡収入金額に加算した裁決がある
- 前受家賃の精算金は買主の家賃収入。償却敷金がある場合は承継額の内訳を契約で明確に
- 預り敷金は返還義務のある負債。別管理して、銀行にも返還資金の確保を示せるようにしておく
物件取得時の諸費用の全体像は物件取得時の諸費用一覧で整理しています。オーナーチェンジ物件の取得と決済の段取り、決算書の整え方は、不動産投資家向けサービスでご相談ください。
