M&Aを進めると決めると、仲介者・FAや買い手から、驚くほど多くの書類を求められます。「どこにしまったか分からない」「そもそも作っていない」という書類が出てくるのも珍しくありません。書類がそろわないと、デューデリジェンス(DD)が長引き、買い手の不安が増え、価格や条件に響きます。
この記事では、M&Aで準備する書類の一覧を、検討の初期、DD、最終契約・クロージングの3つの段階に分けて整理します。会社法・法人税法・労働基準法で定められた保存期間と、書類がそろわないときの対応もあわせて解説します。
- 最初に必要なのは、決算書・申告書(3期分程度)、登記事項証明書、定款、株主名簿、借入金の一覧。これで株価の目安と概要書づくりが始まる
- DDでは、会社・財務・税務・契約・人事労務・許認可・不動産・訴訟の8分野の書類が求められる
- クロージングでは、株券(発行会社のみ)、株主名簿の書換え、役員の辞任届、印鑑・通帳、保証解除の書類が中心
- 会社法は会計帳簿・計算書類を10年、法人税法は帳簿書類を原則7年の保存を求めている。まず手元にあるかを確かめる
- 書類がない、名義が実態と違う、といった問題は、DDの前に整理し、隠さず伝える
段階ごとに求められる書類は変わる
中小M&Aガイドラインは、仲介者・FAの支援内容の一つに「譲り渡し側における開示資料の整理・作成支援」を挙げています。書類は一度に全部出すのではなく、交渉の進み具合に合わせて段階的に開示するのが通常です。
| 段階 | 目的 | 書類の量 |
|---|---|---|
| 検討の初期(相談〜概要書の作成) | 株価の目安、会社概要書(IM)、ノンネームシートの作成 | 少ない(基本書類) |
| トップ面談〜基本合意 | 買い手が意向表明書を出すための追加情報 | 中程度 |
| DD | 財務・税務・法務・労務などの詳細な調査 | 最も多い |
| 最終契約・クロージング | 株式の移転、代金決済、役員交代、保証の解除 | 手続の書類が中心 |
開示の進め方
書類の出し方にも注意が必要です。ガイドラインは、社内に開示していない場合には、非開示の役員・従業員等に悟られずにDDを実施する等の工夫が必要であり、FAや士業等専門家の指示を守ることが重要だとしています。実務では次のような工夫をします。
- 書類の収集は、経理を担う家族やごく限られた幹部、顧問税理士の協力で進める
- 電子データで共有する場合は、閲覧できる人を限定し、誰がいつ何を見たかが残る仕組みを使う
- 買い手からの質問と回答はQ&Aシートで一元管理する。中小PMIガイドラインは、M&A成立後の統合(PMI)に引き継ぐ資料の例として、企業概要書、DD調査報告書、譲渡側へのQ&Aシートを挙げている
- 従業員の個人情報や取引先の詳細な条件は、DDの段階で、必要な範囲に限って開示する
開示した資料とQ&Aの記録は、売却後に「聞いていない」と言われたときに、売り手を守る証拠にもなります。表明保証をめぐる判例は売却後のトラブルと判例で紹介しています。
検討の初期に用意する基本書類
| 書類 | 主な確認点 |
|---|---|
| 決算書(貸借対照表・損益計算書・株主資本等変動計算書・個別注記表)3期分程度 | 業績の推移、純資産、借入の水準 |
| 勘定科目内訳書 | 役員貸付金・借入金、仮払金、預り金の中身 |
| 法人税・地方税・消費税の申告書 | 別表の株主の状況、繰越欠損金、税務上の調整 |
| 登記事項証明書(履歴事項全部証明書) | 役員、資本金、目的、株式の譲渡制限の定め |
| 定款 | 株式の譲渡制限、株券発行の有無、役員の任期 |
| 株主名簿 | 株主と持株数。名義株の有無 |
| 借入金の一覧・返済予定表 | 金融機関、残高、担保、経営者保証 |
| 会社案内・組織図・従業員数 | 事業の概要と体制 |
この段階で株主名簿が実態と違う、決算書に役員貸付金が大きく残っている、といった問題に気づくことがよくあります。早く気づけば、DDまでに手を打てます。株主の整理は名義株の整理、社長個人と会社の資産の整理は売却前のオーナー関連資産の整理をご覧ください。
DDで求められる書類のチェックリスト
DDの範囲は、会社の規模と買い手の方針で変わります。ガイドラインは、中小M&Aの実務では、数年分の税務申告書の確認と経営者へのヒアリングだけで終えることもあるとしつつ、予算に制約があっても検討対象を絞るなどして調査の内容を検討することが望ましいとしています。一般的に求められる書類は次のとおりです。
| 分野 | 主な書類 |
|---|---|
| 会社 | 定款、登記事項証明書、株主名簿、株券の発行・保管の記録、株主総会・取締役会の議事録、組織図、社内規程 |
| 財務 | 決算書・内訳書(3〜5期)、月次試算表(直近期)、総勘定元帳、固定資産台帳、在庫の明細、売掛金・買掛金の年齢表、借入金の契約書・返済予定表、担保・保証の一覧、事業計画 |
| 税務 | 法人税・消費税・源泉所得税・地方税の申告書と届出書、税務調査の通知・指摘の記録、修正申告の有無 |
| 契約 | 主要取引先との基本契約、代理店・フランチャイズ契約、不動産の賃貸借契約、リース契約、保険契約、チェンジ・オブ・コントロール条項のある契約 |
| 人事労務 | 就業規則・賃金規程・退職金規程、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿・タイムカード、36協定などの労使協定、労働条件通知書、社会保険・労働保険の加入状況、未払残業代の有無 |
| 許認可 | 許可証・届出の控え、更新の履歴、行政の指導・処分の記録 |
| 不動産・資産 | 不動産の登記事項証明書、固定資産税の課税明細、社長個人名義で会社が使っている資産の一覧 |
| 訴訟・クレーム | 係争中の訴訟、クレーム、事故の記録、弁護士との相談記録 |
分野ごとのDDの中身は、財務DD、税務DD、法務DD、労務DD(未払残業代)で解説しています。
特に揉めやすい書類
- 議事録:役員報酬や退職金、利益相反取引の承認の決議が記録されていないと、手続の有効性や税務の説明に困ることがある
- 36協定と出勤簿:未払残業代は貸借対照表に表れない簿外債務の典型。ガイドラインも、株式譲渡では未払残業代等の簿外債務リスクが比較的高くなりやすいとしている
- チェンジ・オブ・コントロール条項:株主が変わると契約を解除できる条項。不動産の賃貸借や主要取引先との契約に入っていることがある。詳しくはチェンジ・オブ・コントロール条項
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る最終契約・クロージングで必要な書類
株式譲渡の場合、クロージングでは株式の移転と代金の決済、役員の交代が同時に行われます。主な書類は次のとおりです。
| 書類 | 根拠・目的 |
|---|---|
| 株券(株券発行会社のみ) | 株券発行会社の株式の譲渡は、株券を交付しなければ効力を生じない(会社法128条1項) |
| 株式譲渡承認の議事録 | 譲渡制限株式の譲渡には会社の承認が必要。取締役会設置会社では原則として取締役会の決議(会社法139条1項) |
| 株主名簿の名義書換の書類 | 株主名簿に記載しなければ、会社その他の第三者に対抗できない(会社法130条1項) |
| 役員の辞任届・新役員の就任承諾書 | 役員の変更登記は、変更から2週間以内に本店所在地で行う(会社法915条1項) |
| 会社の実印・銀行印・通帳・印鑑カード | 経営の引渡し |
| 経営者保証の解除・移行の書類 | 金融機関との調整が必要。ガイドラインは、代表者の変更登記と保証の解除・移行を同日に行う方法も挙げている |
| 領収書・代金の着金確認 | ガイドラインは、譲渡対価の全部又は一部が確実に入金されたことの確認が必要としている |
なお、株式譲渡契約書は、通常、印紙税の課税文書に当たりません。クロージング当日の段取りはクロージング当日の流れで詳しく解説します。
書類の保存期間:まず手元にあるかを確かめる
「何年分を出せばいいのか」と聞かれることがあります。法律で保存が義務づけられている期間は、主に次のとおりです。
| 書類 | 保存期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| 会計帳簿と事業に関する重要な資料 | 帳簿の閉鎖の時から10年 | 会社法432条2項 |
| 計算書類とその附属明細書 | 作成した時から10年 | 会社法435条4項 |
| 株主総会の議事録 | 総会の日から10年(本店に備置き) | 会社法318条2項 |
| 法人税の帳簿書類 | 原則7年(欠損金が生じた事業年度は10年) | 法人税法 |
| 賃金台帳・労働者名簿・出勤簿など | 5年(当分の間は3年) | 労働基準法109条 |
法律上の保存期間を過ぎた書類は、なくても違法ではありません。ただし、買い手は過去の経緯を確かめたいので、株主の変遷、増資や株式の移動、役員退職金の支給などの記録は、期間に関係なく残っている範囲で出すのが望ましい書類です。
書類がそろわないときの対応
隠さず、早めに伝える
DDの途中で書類の欠落が分かると、買い手は「ほかにも隠しているのでは」と疑います。ないものはないと最初に伝え、代わりにどのような資料で事実を示せるかを提案します。
代わりの資料で事実を組み立てる
| ない書類 | 代わりに使える資料の例 |
|---|---|
| 株主名簿 | 法人税申告書の別表二(同族会社等の判定に関する明細書)、増資の登記の記録、出資金の振込記録 |
| 議事録 | 登記の申請書類の控え、決算書の役員報酬の記載、当時の関係者の確認書 |
| 契約書 | 発注書・請書、請求書、メールのやり取り、入金の記録 |
| 出勤簿 | パソコンのログ、入退室の記録、日報(ただし未払残業代の推計が必要になることもある) |
欠けている部分は契約で手当てする
それでも埋まらない部分は、最終契約で、表明保証の範囲を限定する、特定の事項について補償を定める、価格に織り込む、といった形で手当てします。ガイドラインは、DDの調査が十分になされない場合には、最終契約で売り手が負う義務(表明保証の範囲や補償額・補償期間等)の負担の増加につながりうると注意しています。書類の不足は、最終的に売り手の責任の重さとして返ってくる、と考えてください。
書類は買い手の銀行にも渡る
買い手が買収資金を借りる場合、対象会社の決算書、借入の明細、DDの報告書は、買い手の金融機関の審査資料にもなります。借入金の一覧と返済予定表、担保と保証の状況が整理されている会社は、買い手の資金調達も進めやすく、結果として取引が早くまとまります。
まとめ
- 書類は段階ごとに開示する。最初は決算書・申告書、登記事項証明書、定款、株主名簿、借入金の一覧
- DDでは会社・財務・税務・契約・人事労務・許認可・不動産・訴訟の書類が求められる
- クロージングでは、株券(発行会社)、譲渡承認、名簿の書換え、役員の辞任・就任、印鑑・通帳、保証解除の書類
- 会計帳簿・計算書類は会社法で10年、法人税の帳簿書類は原則7年、賃金台帳などは5年(当分の間3年)
- ない書類は隠さず早めに伝え、代わりの資料と契約で手当てする
クレフティでは事業承継・M&A支援として、売却前の開示資料の整理、売り手側の事前のデューデリジェンス(セルサイドDD)、株価算定をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
