外部への売却(M&A)

買収後のPMIで一番苦労するところ|人・お金・システム・取引先の4つの壁と、白書・判例に学ぶ対策

M&Aの成約までは、売り手も買い手も、価格や契約条件の交渉に全力を注ぎます。ところが、実際に苦労が始まるのは成約した後です。経営者が替わった会社を、どうやって自社と一緒に動かしていくか。この買収後の統合の作業をPMI(Post Merger Integration)といいます。

では、買収後のPMIで一番苦労するところはどこなのでしょうか。この記事では、中小企業白書の調査結果と、中小企業庁の「中小PMIガイドライン」をもとに、人・お金・システム・取引先の4つの領域で起きやすい問題と対策を整理します。PMIの全体の進め方(最初の100日の取組み)は買収後の統合(PMI)で失敗しないためにで解説しているので、ここでは「つまずきやすいところ」に絞ってお話しします。

この記事の結論
  • 白書の調査で最も多いPMIの課題は「従業員の一体感」(50.3%)と「相手先従業員のモチベーション」(47.2%)。最初の壁は人
  • お金では、通帳・印鑑・ネットバンキングの権限、売り手の個人的な支出、役員借入金の整理でつまずく
  • システムでは、会計・給与・販売管理が属人的に回っていて、担当者が辞めると止まる
  • 取引先では、売り手の社長との個人的な関係で続いていた取引や、口約束の条件が引き継がれない
  • 労働条件をそろえるときは、最高裁平成28年2月19日判決を踏まえ、不利益の具体的な説明と記録を残す
  • PMIは成約前から準備する。白書でも、早い段階からPMIを検討した企業ほど満足度が高い傾向が示されている

データで見るPMIの課題

中小企業庁の「2023年版 中小企業白書」は、買い手としてM&Aを実施した企業に、PMIを実施する際の課題を尋ねています(第2-2-52図)。経営統合時の課題として最も多かったのは「自社従業員と相手先従業員の一体感の醸成」で50.3%、次いで「相手先従業員のモチベーション向上」が47.2%でした。

同じ白書では、PMIについて「聞いたことがない」と回答した企業が7割を超えていること、また、M&Aの検討の早い段階からPMIを検討していた企業ほど、M&Aの満足度が「期待以上」となった割合が高いことも示されています。

つまり、多くの中小企業は、PMIという言葉を知らないまま成約を迎え、成約した後で人の問題に直面している、というのが実態に近いといえます。

領域苦労しやすいこと気づくタイミング
人一体感がない、キーパーソンの退職、労働条件の違い成約の発表直後〜数か月
お金資金管理の権限、売り手の個人的な支出、役員借入金、運転資金の不足最初の月次決算〜最初の決算
システム会計・給与・販売管理の属人化、ソフトの違い、権限やライセンス担当者の退職、決算期の変更
取引先個人的な関係の取引、口約束の条件、契約の解除条項担当者の交代、条件の更新時

人:最初で最大の壁

「買われた側」の不安は想像以上に大きい

売り手の従業員にとって、M&Aは「ある日突然、会社の持ち主が替わった」出来事です。給与は下がらないか、リストラはないか、今までのやり方を否定されないか。不安を抱えたまま、新しい経営陣の言葉を聞くことになります。

一方、買い手の従業員にも、「買った会社のほうが優遇されているのではないか」「自分たちの仕事が増えるのではないか」という戸惑いがあります。白書の「一体感」という課題は、この両側の気持ちのずれを表しています。

キーパーソンの退職

中小企業では、売上の多くを特定の営業担当者が持っていたり、製造の勘所を一人の職人が握っていたりします。こうしたキーパーソンが成約後に辞めると、買収の前提そのものが崩れます。成約前に、誰がキーパーソンかを見極め、処遇や役割を個別に話しておくことが大切です(売却時に幹部・キーマンをどう引き留めるか)。

労働条件の統一と最高裁判決

PMIで避けて通れないのが、給与・賞与・退職金・就業規則などの労働条件の違いです。いずれ制度をそろえるとしても、従業員にとって不利益な変更を含む場合は慎重な手続きが必要です。

最高裁第二小法廷 平成28年2月19日判決(平成25年(受)第2595号)は、信用組合の合併に伴って、消滅する組合の職員の退職金の支給基準が大きく引き下げられた事件です。職員は「同意しないと合併できない」と告げられて同意書に署名押印していましたが、変更後の基準では、自己都合退職の場合に退職金が0円となる結果になっていました。

最高裁は、賃金や退職金に関する変更について、署名押印があっても直ちに同意があったとみるのは相当でないとし、不利益の内容と程度、同意に至った経緯、事前の情報提供や説明の内容などに照らして、自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点からも判断すべきだとして、原審を破棄し差し戻しました。

この判決から得られる実務上の教訓は次のとおりです。

  • 不利益になる変更は、一人ひとりにどんな不利益が出るのかを、計算例を示して具体的に説明する
  • 説明会の資料、議事録、個別面談の記録を残す
  • 退職金のように影響の大きいものは、経過措置や移行期間を設ける
  • 株式譲渡で子会社のまま運営するなら、制度の統一を急がないという選択肢もある

お金:最初の月次決算でつまずく

資金管理の権限の引継ぎ

中小企業では、通帳、銀行印、ネットバンキングの承認権限が、売り手の社長や家族の経理担当者に集中していることがよくあります。成約後、誰が支払いを承認するのか、ネットバンキングの権限をいつ切り替えるのかを決めておかないと、給与や仕入代金の支払いが滞ります。成約日(クロージング)当日に何を引き継ぐかはクロージング当日の流れで解説しています。

売り手の個人的な支出と役員借入金

売り手の社長の個人的な支出(車、保険、交際費など)が会社の経費になっていた場合、成約後に整理が必要です。また、社長からの借入金(役員借入金)や、社長への貸付金が残っていると、その返済や精算の方法で揉めることがあります。本来は成約前に整理し、価格の調整に反映しておくべき項目です(ネットデットと現金同等物の考え方)。

運転資金が足りなくなる

成約後に取引先が支払条件を見直したり、統合の費用がかかったりして、思ったより資金が出ていくことがあります。買収代金だけを借りて手元資金がほとんど残らない計画では、ここで行き詰まります。日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金は、M&A後のPMIに取り組む方を対象区分の一つとしています(日本政策金融公庫(中小企業事業))。資金計画の考え方はM&Aで融資をどう使うか、銀行はどこを見るかをご覧ください。

株主構成の整理から、承継・売却まで一緒に考えます

M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。

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システム:属人化した仕事が止まる

会計・給与・販売管理

中小企業の管理業務は、市販の会計ソフトと、担当者が作り込んだ表計算ソフトで回っていることが少なくありません。仕組みを知っているのが一人だけ、という状態で、その人が成約を機に辞めると、請求書が出せない、給与計算ができない、という事態になります。

確認すること内容
業務の担い手経理、給与、請求、在庫管理を誰がどの道具でやっているか
ソフトとデータ会計・給与・販売管理のソフトの種類、データの保存場所、過去データの形式
権限とライセンスソフトの契約者、管理者のID・パスワードの管理、売り手個人名義の契約がないか
決算期・会計方針買い手と決算期や会計方針が違う場合、いつどうそろえるか

会計・経理の統合は、決算期の変更や会計方針の統一と合わせて計画します(買収後の会計・経理の統合)。月次の試算表を買い手と同じ形で出せるようになるまでは、経営の状況が見えにくく、銀行への説明もできません。

一気に入れ替えない

システムの統合は、一度に入れ替えると現場が混乱します。中小PMIガイドラインでも、人事・労務、会計・財務、法務、ITシステムなどの管理機能の統合は、M&Aの目的や優先順位に応じて進めるものとされています。まずは「止めない」ことを優先し、データの引継ぎと権限の切替えを済ませてから、段階的に統合するのが現実的です。

取引先:見えない関係が切れる

社長個人の関係で続いていた取引

中小企業の取引には、売り手の社長と相手先の社長の個人的な信頼関係で続いているものがあります。契約書がない、条件が口約束、という取引も珍しくありません。社長が退いた途端に、「あの社長だから付き合っていた」と取引を見直されることがあります。

契約の解除条項

取引基本契約やフランチャイズ契約、賃貸借契約の中には、株主の変更(チェンジオブコントロール)を通知事項や解除事由にしているものがあります。成約前のデューデリジェンスで主要な契約を確認し、必要な相手には成約前後に説明します(取引先との契約のチェンジオブコントロール条項)。

対策

  • 売り手の社長に、一定期間、顧問や役員として残ってもらい、主要取引先への引継ぎの挨拶回りを一緒に行う
  • 口約束の取引条件を、引継ぎの際に書面で確認する
  • 主要仕入先には、買い手の財務状況を説明し、与信の見直しで取引条件が厳しくならないようにする

売り手の社長の残留の条件や報酬の考え方はアーンアウト・分割払い・役員としての残留で解説しています。

苦労を減らすための準備

中小企業庁は、「中小PMIガイドライン」に加え、PMIに取り組むための実践ツールとして、①PMI分析ワークシート、②PMIアクションプラン、③統合方針書の3つを公表しています。M&Aの目的と現状を整理し、優先課題を決め、「いつ・誰が・何を行うか」を計画し、統合の方針を社内外に説明する、という流れです。PMIの実証事業に参加した55件の取組みをまとめた事例集もあります。

時期やること
基本合意〜デューデリジェンスキーパーソンの特定、主要取引先・契約の確認、管理業務の担い手とシステムの把握
最終契約〜成約売り手の残留条件、資金管理の権限の引継ぎ方法、従業員への説明の段取り
成約〜100日経営方針の説明、資金管理の切替え、月次試算表の整備、主要取引先への挨拶
100日〜1年制度・システムの段階的な統合、労働条件の見直しの検討、銀行への定期報告

銀行の見え方も忘れてはいけません。成約後、最初の数か月の月次試算表が出せないと、銀行は買収後の状況を判断できず、次の融資の相談に乗りにくくなります。私の著書で紹介している債務償還年数(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)を、買収後の合算の数字で毎期確認し、計画どおりに下がっていることを示せれば、PMIの成果を数字で伝えることができます。対象会社の取引銀行との関係は売り手の取引銀行は買収後もそのまま使えるかで解説しています。

まとめ

  • PMIの最初で最大の壁は人。白書でも「一体感」(50.3%)と「モチベーション」(47.2%)が上位
  • お金では資金管理の権限、売り手の個人的な支出、役員借入金、運転資金でつまずきやすい
  • システムは属人化に注意し、まず「止めない」ことを優先して段階的に統合する
  • 取引先は社長個人の関係と口約束の条件を、成約前後に書面と挨拶回りで引き継ぐ
  • 労働条件の統一では、最高裁平成28年2月19日判決を踏まえ、不利益の具体的な説明と記録を残す
  • PMIは成約前から準備する。中小PMIガイドラインの実践ツールも活用できる

クレフティでは、買収後の会計・経理の統合、資金管理の引継ぎ、月次決算の整備、銀行への説明資料の作成など、PMIのお金と管理の部分を中心に、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。

よくある質問

PMIで一番多い悩みは何ですか?
中小企業庁の2023年版中小企業白書によれば、買い手としてM&Aを実施した企業が挙げた経営統合時の課題は、「自社従業員と相手先従業員の一体感の醸成」が50.3%で最も高く、次いで「相手先従業員のモチベーション向上」が47.2%でした。お金やシステムの問題も大きいものの、まず人の問題で苦労する会社が多いことが分かります。
買収した会社の給与や退職金の制度は、すぐにそろえるべきですか?
急いでそろえる必要はありません。株式譲渡で子会社にした場合は、雇用主が変わらないため、従来の制度のまま運営できます。制度を統一するときに従業員に不利益な変更が含まれる場合は、最高裁平成28年2月19日判決が示したように、同意書への署名があっても、不利益の内容や説明の内容に照らして自由な意思に基づくかを慎重に判断されるため、具体的な説明と記録が欠かせません。
PMIの費用に使える融資制度はありますか?
日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金は、M&A後のPMIに取り組む方を対象区分の一つとしており、PMIに必要な設備資金・運転資金に使える場合があります。要件(一定期間内の取組みであることなど)があるため、公庫の案内で最新の内容を確認してください。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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