「海外の中古物件なら耐用年数が短く、減価償却で赤字を出して給与所得と通算できる」。かつてはそうした説明で海外不動産が勧められることがありました。しかし海外不動産の赤字を損益通算できるかという問いへの答えは、令和2年度の税制改正で大きく変わっています。
個人については、令和3年分以後、国外中古建物の減価償却費に相当する赤字は、なかったものとみなされます(租税特別措置法41条の4の3)。一方で、法人にはこの規定は適用されません。この記事では、制度の対象と計算、個人と法人の違い、決算書での見え方と銀行からの評価までを、国税庁の資料と法令にもとづいて整理します。
- 個人が令和3年以後に持つ国外中古建物の不動産所得の赤字のうち、減価償却費に相当する部分は生じなかったものとみなされる
- その部分は、給与所得などとの損益通算も、国内の不動産所得との相殺もできない
- 対象は、耐用年数を簡便法などで算定した国外の中古建物。所在国の法令や不動産鑑定士の見積りなど、一定の書類で使用可能期間が確認できる建物は除かれる
- 通算できなかった損失は、売却時に取得費の計算で調整される
- 法人には適用がない。ただし法人でも、大きな減価償却費は営業利益や純資産を通じて銀行の評価に響く
海外不動産の赤字と損益通算:令和2年度改正で何が変わったか
不動産所得の赤字は、原則として給与所得などほかの黒字の所得と通算できます(所得税法69条)。ただし、損益通算できない赤字がいくつか定められています。国税庁のタックスアンサー(No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算)では、次のものが挙げられています。
| 損益通算できない部分 | 根拠 | 内容 |
|---|---|---|
| 別荘など趣味・娯楽・保養目的の不動産の貸付けによる損失 | 所得税法69条2項、同施行令178条 | 生活に通常必要でない資産に係る損失 |
| 土地等を取得するための負債の利子に相当する部分 | 租税特別措置法41条の4 | 赤字のうち土地の借入利子に対応する部分 |
| 組合事業・信託から生じた不動産所得の損失 | 租税特別措置法41条の4の2 | 特定組合員などの損失 |
| 国外中古建物の減価償却費に相当する部分 | 租税特別措置法41条の4の3 | 令和3年以後の各年分 |
4つ目が令和2年度の改正で新しく設けられた「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」です。国税庁のパンフレット「令和2年度 所得税の改正のあらまし」でも、令和3年以後の各年について創設されたものとして案内されています。
ポイントは、制限の内容が「損益通算できない」だけではないことです。条文は、その損失の金額を、所得税に関する法令の適用上「生じなかったものとみなす」と定めています。そのため、国内の物件で出た黒字と相殺すること(いわゆる所得内通算)もできません。この点はタックスアンサーにも明記されています。
国外中古建物の特例:対象になる建物と計算のしかた
「国外中古建物」とは
条文(租税特別措置法41条の4の3第2項1号)と施行規則18条の24の2から整理すると、対象になるのは次の条件をすべて満たす建物です。
- 国外にある建物であること
- 個人が使用していた、または法人が事業に使っていた建物、つまり中古であること
- 個人が取得して、不動産所得を生ずべき業務(賃貸)に使っていること
- 減価償却の耐用年数を、次のいずれかの方法で算定していること
- 耐用年数省令3条1項2号の簡便法(法定耐用年数の全部を経過していれば法定耐用年数の20%、一部を経過していれば「法定耐用年数-経過年数+経過年数×20%」。1年未満切捨て、2年未満なら2年)
- 同項1号の見積法(使用可能期間を見積もる方法)のうち、その期間が適当であることを書類で確認できないもの
見積法で耐用年数を算定していても、次の書類で使用可能期間が適当であることを確認できる建物は、国外中古建物から除かれます(施行規則18条の24の2第1項1号)。外国語の書類には翻訳文が必要です。
- その建物の所在国の法令にもとづく耐用年数に相当する年数としていることを明らかにする書類
- 不動産鑑定士(または所在国でそれに相当する資格を持つ者)が使用可能期間を見積もったことを証する書類
- 上の2つによることが困難な場合に限り、取得時の取引の相手方や仲介者が使用可能期間を見積もったことを証する書類
この適用除外を受ける年は、その書類か写しを確定申告書に添付しなければなりません(同条2項)。
「生じなかったもの」とされる金額の計算
制限されるのは赤字の全額ではなく、赤字のうち減価償却費に相当する部分です(租税特別措置法施行令26条の6の3第1項)。
あわせて、次のルールがあります(同条2項・3項)。
- 国外中古建物が2つ以上あるときは、建物ごとに不動産所得を計算する
- 国外中古建物以外の国外の不動産(新築で取得した建物など)から黒字が出ている場合は、まずその黒字と国外中古建物の損失を相殺したうえで、残った損失について上の計算をする
- 国内の物件と国外の物件に共通する経費は、収入金額など合理的な基準で配分する
数字で見るとどうなるか
仮の数字で、ある年の計算を見てみます。耐用年数を簡便法で4年とした海外の中古建物(建物部分の取得価額4,000万円)を、個人で賃貸している場合です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 家賃収入 | 400万円 |
| 減価償却費以外の経費(管理費・利息など) | 150万円 |
| 減価償却費(4,000万円÷4年) | 1,000万円 |
| この建物の不動産所得 | ▲750万円 |
| 生じなかったものとみなされる金額 | 750万円(償却費1,000万円>損失750万円のため損失の全額) |
| 損益通算に使える赤字 | 0円 |
この例では、赤字の750万円はすべて「なかったもの」とされ、給与所得とも、国内のアパートの黒字とも相殺できません。かつて海外中古物件が「短期間で大きな赤字をつくれる」と説明されていた部分が、そのまま制限の対象になっていることがわかります。
一方、修繕費や利息が大きく、赤字が償却費を超える年は、償却費を超える部分の赤字は通算の対象として残ります。制限されるのは、あくまで償却費に相当する部分です。
なお、中古資産の耐用年数を見積法・簡便法で算定できるのは、取得して業務に使い始めた年に限られ、その年に算定しなかったときは後の年に算定することはできません(国税庁タックスアンサーNo.5404 中古資産の耐用年数、耐用年数通達1-5-1)。簡便法の考え方は中古建物の耐用年数(簡便法)と否認された事例、改正の仕組みそのものは国外中古建物の減価償却損失の制限(令和2年改正)の仕組みでも扱っています。
売却したときの取得費の調整
この特例には、売却時の調整がセットになっています。特例の適用を受けた国外中古建物を売却した場合、譲渡所得の取得費を計算するときに差し引く減価償却費の累計額から、生じなかったものとみなされた損失の金額の合計額を控除します(租税特別措置法41条の4の3第3項)。国税庁のNo.3261 建物の取得費の計算にも同じ注記があります。
上の例で、4年間毎年750万円が「生じなかった」とされ、その後に売却したとします(金額は概算)。
| 項目 | 特例がない場合 | 特例の適用を受けた場合 |
|---|---|---|
| 建物の取得価額 | 4,000万円 | 4,000万円 |
| 取得費から差し引く償却費の累計 | 4,000万円 | 4,000万円-3,000万円=1,000万円 |
| 建物部分の取得費 | ほぼ0円 | 3,000万円 |
通算できなかった損失の分だけ取得費が大きくなり、売却益が小さくなる仕組みです。ただし、保有中の不動産所得は総合課税、売却益は分離課税の譲渡所得と、課税の仕組みが異なります。保有中に通算できなかった金額が、売却時に同じ税額で戻ってくるわけではない点に注意してください。また、海外物件は所在国でも課税されることが多く、為替の影響もあります。売却の段階で日本と所在国の両方の申告を確認する必要があります。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る個人と法人の違い:法人にはこの規定がない
租税特別措置法41条の4の3は、条文の主語が「個人」で、所得税の規定です。法人税には、国外中古建物の償却費を損金から除く同様の規定はありません。主な違いを表にまとめます。
| 項目 | 個人(所得税) | 法人(法人税) |
|---|---|---|
| 国外中古建物の償却費に相当する赤字 | 令和3年分以後、生じなかったものとみなす(措置法41条の4の3) | 規定なし。ほかの事業の所得と合算して計算 |
| 土地等の取得に係る負債利子の赤字 | 損益通算できない(措置法41条の4) | 規定なし |
| 中古資産の耐用年数 | 簡便法・見積法が使える(使い始めた年に算定) | 同じ。事業の用に供した事業年度に算定 |
| 減価償却の計上 | 償却費は計算した金額を必要経費に算入 | 損金経理した金額のうち償却限度額まで(法人税法31条) |
| 赤字の繰越し | 青色申告なら純損失を翌年以後3年間繰越し(No.2070) | 青色申告なら欠損金を10年間繰越し(平成30年4月1日以後開始事業年度分。No.5762) |
| 売却益 | 分離課税の譲渡所得(所有期間5年超か以下かで税率が異なる) | ほかの所得と合算して法人税 |
「法人なら制限がないから、海外物件は法人で」という短絡的な結論にはなりません。すでに個人で持っている物件を法人に移せば、個人側の譲渡所得や移転のコストが生じます(個人から法人へ物件を移すときの税金)。また法人では、大きな減価償却費がそのまま決算書の利益と純資産を削り、次に見る銀行の評価に直結します。損益通算の制限だけを理由に保有形態を決めるのではなく、取得前に、資金計画と決算書の見え方まで含めて検討するのが筋です。
会計上の扱いと決算書の見え方
税務上の処理と、決算書(企業会計)上の表示は別のものです。
法人の決算書は、企業会計の基準(一般に公正妥当と認められる会計基準=GAAP。中小企業であれば「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」)に沿って作ります。中小企業の会計に関する基本要領では、有形固定資産は定率法・定額法などの方法により「相当の減価償却」を行うとされ、耐用年数は法人税法に定める期間などを使うことが一般的とされています。
つまり、法人が海外の中古建物を簡便法の短い耐用年数で償却すると、その数年間は販管費(または不動産賃貸の原価)に大きな減価償却費が計上され、営業利益や経常利益が小さく、あるいは赤字になります。法人税法上の減価償却は損金経理した金額のうち限度額までという仕組みですが、会計上は経営状況に応じて償却を加減することは想定されていません。利益を見せるために償却を止めれば、銀行は償却不足として決算書を修正して見るのが一般的です(法人の任意償却と償却不足を銀行はどう見るか)。
一方、個人の場合、確定申告書では特例により赤字の一部が「なかったもの」として扱われますが、青色申告決算書(収支内訳書)には実際の減価償却費が計上されます。銀行は申告書と決算書の両方を見ます。
銀行からの見え方
海外不動産の大きな減価償却費は、銀行の評価に次のように影響します。
- 営業利益・経常利益:法人では償却期間中、利益が大きく落ちます。銀行の格付けでは営業利益・経常利益が重視され、ICR(営業利益など÷支払利息)にも響きます(ICRとは)
- 償却前利益と債務償還年数:銀行は減価償却費を足し戻した償却前利益でも返済力を見ます。著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金-現預金)÷(経常利益+減価償却費-法人税等)で、10年以内が健全の目安です。償却費が大きくても、家賃からの現金収支が十分なら、この指標は大きく崩れません
- 純資産:建物の簿価が短期間で小さくなるため、借入金が残っていれば純資産が薄くなり、債務超過に近づきます。2019年に著者が複数の銀行から融資を止められた原因も、減価償却が速い物件が多く、簿価よりも負債の金額のほうが大きくなる債務超過の状態に陥っていたことでした
- 資産としての評価:国内の銀行が海外の不動産を担保として評価することは難しく、実態の貸借対照表でも保守的に見られやすい点に注意が必要です
償却前利益で見ると黒字でも、決算書の利益と純資産が細ると、新しい融資の審査では説明が要ります。減価償却と銀行の見方の関係は減価償却費と銀行の見方、赤字と融資の関係は債務超過とはでも解説しています。
判例・裁決事例:公表事例は少ない
この特例は令和3年分から適用されている比較的新しい制度で、特例の適用そのものが争点となった公表裁決・裁判例は、確認できた範囲ではありません。制度の解釈は、条文と国税庁のタックスアンサー・通達で確認するのが基本になります。
海外不動産に関連する公表裁決としては、国外財産調書の記載をめぐる次の事例があります。
令和5年12月7日裁決(国税不服審判所)
- 事案:米国の建物を令和元年8月から賃貸していた個人が、調査を受けて、令和元年分・令和2年分の不動産所得の減価償却費の過大計上などを修正申告した。原処分庁は、国外財産調書の記載に誤りがあったとして、過少申告加算税の加重措置(国外送金等調書法6条3項)を適用した
- 争点:国外財産調書の記載が「重要なものの記載が不十分」と認められるか
- 判断:調書では、賃貸していた建物を「一般用」(自己使用)と記載し、所在地・戸数・床面積の記載もなかった。審判所は、加重措置の判断は調書自体の記載内容から行うべきで、その記載からは物件を特定することが困難だとして、加重措置の適用を適法とし、審査請求を棄却した
- 実務への示唆:海外の賃貸物件を持つ人は、所得税の申告だけでなく、国外財産調書(年末の国外財産の合計額が5,000万円を超える居住者が対象。No.7456)の用途(事業用)・所在地・戸数・床面積まで正確に書くことが重要。申告漏れが生じたとき、調書の記載が不十分だと加算税が重くなる
- 一次情報:国税不服審判所 公表裁決事例(令和5年12月7日裁決)
なお、この事例は特例の適用前の年分で、減価償却費の過大計上の具体的な内容は公表された範囲では明らかではありません。特例の解釈を示した事例として読むことはできない点に注意してください。
実務のチェックポイント
- その建物は中古か新築か。新築で取得した国外の建物は、国外中古建物に当たらない
- 耐用年数は簡便法か、見積法か、法定耐用年数か。見積法なら、所在国の法令・不動産鑑定士の見積りなどの書類を取得時にそろえ、適用年は申告書に添付する
- 耐用年数の算定は使い始めた年に行う。後の年に変更はできない
- 国外中古建物が複数あるときは建物ごとに計算し、共通経費は合理的な基準で配分する
- 確定申告書の不動産所得欄の区分に、特例の適用があることを記入する
- 売却時は、生じなかったものとみなされた損失の合計を取得費の計算に反映する。そのために年ごとの金額を記録しておく
- 国外財産調書の対象なら、用途・所在・数量・価額を正確に記載する
- 法人で保有する場合は、償却期間中の営業利益・純資産・債務償還年数を試算し、銀行への説明を用意する
給与所得と不動産所得の通算の基本は不動産所得の赤字と給与所得の損益通算、国内物件も含めた赤字の扱いは不動産投資の赤字と損益通算をご覧ください。
まとめ
- 個人の国外中古建物の赤字のうち、減価償却費に相当する部分は、令和3年分以後「生じなかったもの」とみなされる(措置法41条の4の3)
- 給与所得との損益通算だけでなく、国内の不動産所得との相殺もできない
- 対象は簡便法などで耐用年数を算定した国外の中古建物。所在国の法令や鑑定士の見積りなどで使用可能期間を確認できる建物は除かれる
- 通算できなかった損失は、売却時の取得費で調整される
- 法人には適用がないが、大きな減価償却費は法人の決算書の利益・純資産を通じて銀行の評価に影響する
- 特例そのものが争われた公表事例は確認できない。国外財産調書の記載不備で加算税が加重された令和5年12月7日裁決は、海外物件の申告実務の参考になる
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