「財務の数字は悪くないのに、DDの後で価格を大きく下げられた」「最終契約の直前で、買い手が降りてしまった」。M&Aの現場では、こうしたことが珍しくありません。原因の多くは、デューデリジェンス(DD)で見つかった買い手が警戒する特徴です。
買い手は、決算書の数字そのものより、決算書に載っていないものと数字を信用できるかどうかを気にします。簿外債務、社長や家族名義の預金、公私混同、過去の税務処理のリスクは、その代表です。
この記事では、買い手が警戒する会社の特徴と、それが見つかったときの価格・契約への影響を整理します。国税不服審判所の公表裁決、最高裁判決、表明保証違反をめぐる判決を、公式情報で確認したうえで紹介します。
- 買い手が警戒するのは、簿外債務(未払残業代・保証債務・訴訟など)、名義預金・公私混同、税務リスク、数字の信頼性の4つ
- 金額を見積もれるものは価格の引下げ・特別補償・前提条件で調整されるが、売上除外のように誠実さを疑わせるものは破談につながりやすい
- 社長名義の個人口座に入った売上を除外した事例などで、重加算税が相当とされた裁決がある。不正があると更正の期間は最長7年
- 歩合給から残業代を差し引く賃金規則では割増賃金を払ったことにならないとした最高裁判決(令和2年3月30日)があり、未払残業代は典型的な簿外債務
- 表明保証違反で売主に約3億円の支払が命じられた判決もある。売り手は先に洗い出して開示することで、価格と手取りを守れる
買い手が警戒する特徴と、契約への影響
| 分類 | 警戒される特徴 | 買い手の主な対応 |
|---|---|---|
| 簿外債務 | 未払残業代、退職金の未積立て、会社が他社のために負う保証債務、係争中の訴訟、解約時の違約金 | 価格から差し引く、特別補償、クロージング前の解消 |
| 名義預金・公私混同 | 社長や家族名義の口座に会社のお金がある、私的な支出の経費計上、多額の役員貸付金 | 精算を前提条件にする、正常収益力の修正 |
| 税務リスク | 売上除外、架空経費、外注費と給与の区分、過大な役員給与・退職金、源泉徴収漏れ | 税務補償、エスクロー、価格の引下げ |
| 数字の信頼性 | 在庫や売掛金の水増し、注記されない処理、帳簿と通帳の不一致 | DDの追加、表明保証の強化、場合によっては破談 |
| 株主・ガバナンス | 名義株、所在不明株主、議事録の不備 | 株式の整理を前提条件にする |
ポイントは、金額で調整できるリスクと、信頼そのものを損なうリスクの違いです。未払残業代は計算して価格に反映できますが、売上除外が見つかると、買い手は「ほかにも隠していることがあるのではないか」と考えます。DDの全体像は財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンス、よくある指摘はDDでよく見つかる問題で解説しています。
簿外債務:決算書に載っていない負債
未払残業代
中小企業のDDで最もよく見つかる簿外債務の一つが、未払残業代です。賃金請求権の消滅時効は、2020年4月以後に支払期日が来る賃金について、当分の間3年とされています。従業員が多い会社では、過去3年分の未払残業代が数千万円になることもあります。
固定残業代や歩合給の制度は、設計を誤ると、残業代を払っていたことになりません。最高裁判所第一小法廷 令和2年3月30日判決(平成30年(受)第908号、賃金請求事件)は、タクシー会社の賃金規則で、歩合給の計算にあたり売上高などの一定割合の金額から残業手当などに相当する金額を差し引く定めについて、残業手当の額がそのまま歩合給の減額につながり、歩合給が0円になることもあるなどの事情の下では、労働基準法37条の割増賃金が支払われたとはいえないと判断しました(裁判所ウェブサイト)。
賃金規則があっても、それが法律上有効な残業代の支払いになっているかは別問題です。詳しくは労務DDと未払残業代をご覧ください。
保証債務・訴訟・契約上の負担
会社が取引先や関係会社のために保証をしている、係争中の訴訟がある、主要な契約にオーナーが替わると解約できる条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)や高額の違約金がある、といったものも、決算書には表れにくい負担です。法務の確認ポイントは法務デューデリジェンスで解説しています。
名義預金・公私混同:会社のお金はどこにあるか
社長名義の口座に売上が入っていないか
中小企業では、取引先からの入金が社長個人の口座に入る、家族名義の口座で会社のお金を管理している、といったことが起こりがちです。悪意がなくても、DDでは会社の売上や資産が正しく帳簿に載っているかが問われます。国税不服審判所の公表裁決事例要旨(隠ぺい、仮装の事実等を認めた事例)には、次のような事例があります。
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 平成12年8月30日裁決(裁決事例集No.60・110頁) | 代表取締役名義の個人口座に振り込まれた売上代金を、その期の売上に計上せず、翌期に代表取締役からの借入金として処理。会社は事務員の誤りと主張 | 個人口座への入金を奇貨として売上から除外し、借入金に仮装したものと認め、重加算税を相当とした。除外で生じた過大な欠損金を後の期に使った申告も対象 |
| 平成12年12月12日裁決(裁決事例集No.60・134頁) | 事業者が、公表の口座とは別に自分名義の口座を開設して公表外で管理し、売上金の一部を入金 | 売上金と認識しながら記帳担当者に報告せず、故意に隠ぺいしたものと認めた |
| 平成元年3月16日裁決(裁決事例集No.37・22頁) | 会社は、売上除外は従業員が無断で行ったと主張 | 簿外の銀行預金の払戻しの状況や通帳・印鑑の保管状況から、代表者等も知っていたと認め、重加算税を相当とした |
| 平成元年10月6日裁決(裁決事例集No.38・7頁) | 仮払金として海外に送金した事業資金を代表者が運用し、その収益を代表者個人のものとして処理 | 会社の収益を計上しなかったことは隠ぺい・仮装に当たるとした |
何が問題になるのか
売上除外や架空経費などの「偽りその他不正の行為」があると、税務署が更正できる期間は、通常の5年から最長7年に延びます(国税通則法70条)。重加算税は、過少申告加算税に代えて35%(無申告の場合は40%)が課されます(同法68条)。M&Aの後にこれが発覚すれば、追徴税額を負担するのは買い手が引き継いだ会社です。買い手は表明保証違反として売り手に補償を求めることになり、売り手の手取りが後から減ります。
家族名義の預金・名義株
社長が会社とは別に、家族名義で預金をしている場合は、相続税の場面で名義預金として社長の財産と見られることがあります。会社の株式でも、家族や知人の名義になっていて実際の出資者が社長という名義株は、M&Aで株式の所有者を確定する障害になります。整理の方法は名義株とはをご覧ください。
公私混同と役員貸付金
私的な飲食や旅行の費用、家族の給与などは、DDで正常収益力の修正の対象になり、税務上は損金性が問われます。社長への貸付金(役員貸付金)は、銀行も実態の資産から外して見ることが多く、M&Aではクロージングまでに精算することを求められるのが一般的です(オーナーの報酬と正常収益力)。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る数字の信頼性:表明保証違反の判決
東京地方裁判所 平成18年1月17日判決(平成16年(ワ)第8241号)は、消費者金融会社の全株式を買い取った買主が、売主らに表明保証責任の履行を求めた事件です。対象会社では、和解に応じた債権の処理方法が決算書に注記されておらず、財務内容に関する表明保証の違反が問題になりました。売主側は、DDで情報を開示しており、買主は違反を知っていたか、重大な過失で知らなかったと主張しましたが、裁判所は買主の重過失を否定し、売主らに約3億0,529万円の支払を命じました(裁判所ウェブサイト)。
「DDで資料を出したのだから、買い手が気づかなかったのは買い手の責任」とは限らない、ということです。問題点は資料の山に埋もれさせず、明示的に開示して表明保証の対象から外すのが、売り手を守る方法です。表明保証の条項の考え方は株式譲渡契約(SPA)の要点で詳しく解説しています。
売り手が先にやっておくこと
買い手が警戒する特徴は、早めに把握すれば、多くは対応できます。
| 項目 | やること |
|---|---|
| 預金・売上 | すべての入金口座を会社名義にそろえ、帳簿と通帳を一致させる。過去に処理を誤った期があれば、税理士と修正申告を検討する |
| 役員貸付金・私的経費 | 精算の計画を立て、正常収益力への影響を説明できるようにする |
| 未払残業代 | 勤怠記録から過去3年分を試算し、賃金規則の見直しを検討する |
| 保証・訴訟・契約 | 一覧にして、チェンジ・オブ・コントロール条項の有無を確認する |
| 株主 | 名義株・所在不明株主を整理し、株主名簿と議事録を整える |
| 税務 | 外注費と給与の区分、役員給与、交際費、源泉徴収を点検する(売り手側で事前のDDを行うことも有効) |
準備の全体像は会社を売る前の準備で解説しています。
銀行の見方とも共通する
買い手が警戒する項目は、銀行が融資の審査で気にする項目とも重なります。役員貸付金、帳簿と実態の不一致、簿外の保証は、銀行の格付けでも実態の純資産を削る要因です。代表の相亰の著書のモデルでは、銀行格付けを129点満点で考え、安全性の配点を34点としています。M&Aの準備は、そのまま銀行から見た財務の健全化にもつながります(銀行の格付けを上げる方法)。
まとめ
- 買い手が警戒するのは、簿外債務、名義預金・公私混同、税務リスク、数字の信頼性
- 金額で調整できるリスクは価格・特別補償・前提条件で調整され、誠実さを疑わせるリスクは破談につながりやすい
- 社長名義の口座への売上入金を除外した事例などで重加算税が相当とされた。不正があると更正の期間は最長7年
- 未払残業代は典型的な簿外債務。賃金規則が有効な残業代の支払いになっているかを確認する
- 表明保証違反で約3億円の支払が命じられた判決もある。問題点は先に洗い出し、明示的に開示する
クレフティでは、売却前の財務・税務の点検(売り手側のデューデリジェンス)、修正が必要な項目の整理、買い手のDDへの対応まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。大手FASで財務デューデリジェンスを担当してきた公認会計士・税理士も在籍しています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
