「会社を全部売るのはまだ早い。でも、資金や販路を持つ会社と組みたい」「後継者は決まっているが、一部の株式を売って老後の資金を確保したい」。こうした場合に選ばれるのが、株式の一部だけを売る方法や、資本提携(出資を受けて業務でも協力する関係)です。
全部を売るM&Aより気軽に見えますが、実は全部売るより難しい面があります。売った後も、相手と株主として付き合い続けるからです。この記事では、会社法上の保有比率ごとの権利、少数の株式の価格と税金、新株を発行する場合の注意点、株主間契約で決めておくことを整理します。
- 一部売却・資本提携では、相手に渡す保有比率が重要。3分の1超で特別決議の拒否権、過半数で普通決議、3分の2以上で特別決議を単独で可決できる
- 少数の株式は、支配権がない分、価格が低くなりやすい。ただし法人に安く売ると、時価で売ったとみなされることがある(最高裁令和2年3月24日判決は、譲渡人の立場で時価を判断)
- 株式を売れば代金はオーナーに、新株を発行すれば資金は会社に入る。新株の発行価格が低すぎると有利発行の問題になる
- 将来の買い増し・買い戻し、役員の派遣、拒否権、退出の方法は、株主間契約で最初に決める
一部売却・資本提携の主な形
| 形 | 株式の動き | お金が入る先 | 主な目的 |
|---|---|---|---|
| オーナーが株式の一部を売る | オーナー → 相手 | オーナー個人 | 老後の資金、相続税の納税資金、将来の全部売却の準備 |
| 会社が新株を発行する(第三者割当増資) | 会社 → 相手(新株) | 会社 | 設備投資、借入の返済、財務の強化 |
| 両方を組み合わせる | オーナー → 相手、会社 → 相手 | オーナーと会社 | 資金の確保と提携の両立 |
| 段階的な売却 | 最初に一部、数年後に残りを売る | オーナー個人 | 買い手との相性を確かめながら引き継ぐ |
「段階的な売却」は、最初に少数の株式を渡して業務での提携を始め、数年後に残りを売る契約をあらかじめ結んでおく方法です。買い手にとっては会社を知る時間ができ、売り手にとっては相手を見極める時間ができます。株式譲渡で全部を売る場合との違いは外部に売却(M&A)するメリット・デメリットをご覧ください。
保有比率ごとの権利:どこまで渡すか
一部売却で最初に決めるべきなのは、相手に何%を渡すかです。会社法では、保有する議決権の割合に応じて、株主が行使できる権利が変わります。
| 相手の保有比率 | 相手ができること | 条文(会社法) |
|---|---|---|
| 1株以上 | 株主総会決議の取消しの訴え、株主代表訴訟、計算書類などの閲覧 | 831条、847条、442条など |
| 3%以上 | 株主総会の招集請求、会計帳簿の閲覧・謄写、役員解任の訴え | 297条、433条、854条 |
| 10%以上 | 会社の解散の訴え | 833条 |
| 3分の1超 | 特別決議(定款変更、合併、事業譲渡など)を否決できる可能性 | 309条2項 |
| 過半数 | 普通決議(取締役の選任・解任、役員報酬、配当など)を単独で可決 | 309条1項、341条 |
| 3分の2以上 | 特別決議を単独で可決 | 309条2項 |
(定款で定足数や決議要件を変えている場合などは異なります)
比率の考え方
- 3分の1以下:経営の主導権はオーナー側に残る。ただし3%以上なら帳簿の閲覧など、10%以上なら解散の訴えの権利がある
- 3分の1超〜過半数以下:相手は特別決議を止められる。合併や定款変更、事業譲渡にも相手の同意が事実上必要になる
- 過半数:取締役の選任を相手が決められる。経営の主導権は相手に移る
- 3分の2以上:会社の基本的な事項も相手が決められる
「少しだけ」のつもりでも、3%、10%、3分の1という区切りを超えると、相手の権利は一段ずつ強くなります。詳しくは株式の保有比率ごとの権利と少数株主の権利で解説しています。
種類株式を使う方法
議決権の比率と、経済的な持分を分けたい場合は、種類株式(会社法108条)を使う方法もあります。たとえば、議決権を制限した株式を相手に渡せば、出資を受けつつ経営への影響を抑えられます。逆に、相手が一定の事項について拒否権を持つ株式(拒否権付種類株式)を求めることもあります。種類株式の使い方は種類株式を事業承継に使うをご覧ください。
少数の株式の価格
支配権がない分、価格は低くなりやすい
会社の株式を100%買う場合、買い手は会社を自由に動かせる支配権を手に入れます。一部だけを買う場合はその支配権がないため、同じ1株でも価格が低くなりやすくなります。逆に、過半数を渡して支配権が移る場合は、支配権の価値(いわゆる支配権プレミアム)が価格に上乗せされることがあります。考え方は少数株主の株価と支配権プレミアムで取り上げています。
将来の全部売却を見据えた価格
段階的な売却では、最初の一部売却の価格と、数年後に残りを売るときの価格の決め方を、最初の契約で決めておくことが多くあります。
| 決め方 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 固定価格 | 最初に決めた1株当たりの価格で残りも売る | 業績が伸びても価格は変わらない |
| 算式で決める | 「直近の利益×倍率−純有利子負債」など | 利益や負債の定義を細かく決める |
| その時点の評価 | 第三者の評価で決める | 評価者の選び方、費用の負担を決める |
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る税金:売る人の立場で時価を考える
個人が株式の一部を売る場合
オーナー個人が株式の一部を売った場合も、全部を売った場合と同じく、譲渡益に対して20.315%の申告分離課税が基本です(個人株主が株式を売ったときの税金)。注意したいのは、相手が法人で、価格が低い場合です。
個人が法人に時価の2分の1未満の価額で株式を譲渡すると、時価で譲渡したものとみなして譲渡所得が計算されます(所得税法59条1項2号、施行令169条)。資本提携の相手は会社であることが多いため、「提携のために安く売った」が、税務上は時価での譲渡とされることがあります。
最高裁令和2年3月24日判決:時価は譲渡人の立場で判断
非上場株式の時価について、国税庁は所得税基本通達59-6で、相続税の財産評価基本通達の例によることを原則としつつ、同族株主に当たるかどうかは譲渡直前の議決権の数で判定するなどの条件を定めています。
最高裁判所第三小法廷令和2年3月24日判決(平成30年(行ヒ)第422号)は、会社の代表取締役だった株主が、保有株式の一部を、配当還元方式で計算した1株75円で関係会社に売った事案です。原審は、株式を取得した側の議決権割合で判定し、配当還元方式でよいとしました。最高裁は、譲渡所得課税は譲渡人の下で生じた増加益に課税するものだから、譲渡人の会社への支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきだとして、原判決を破棄し、高等裁判所に差し戻しました。
一部売却では、買い手の側から見ると少数株主でも、売り手のオーナーは支配株主であることがほとんどです。オーナーが一部を法人に売るときは、売り手の立場で評価した時価と比べて、価格が低すぎないかを確認する必要があります。
最高裁判所第三小法廷 令和2年3月24日判決・平成30年(行ヒ)第422号 所得税更正処分取消等請求事件。裁判所ウェブサイトの判決原文(PDF)
新株を発行する場合:有利発行
会社が新株を発行して相手に引き受けてもらう場合、払込金額が特に有利な金額だと、株主総会でその理由を説明したうえで特別決議を得る必要があります(会社法199条2項・3項、309条2項)。税務でも、時価より著しく低い価額で新株を引き受けた側に、時価との差額について課税されることがあります。
株主間の約束と税務上の時価の関係では、東京高等裁判所平成28年3月24日判決(平成27年(行コ)第371号)が、内国法人が海外の関連法人の新株を額面で引き受けた事案で、株主間の契約で株主ごとに権利内容に差を設ける合意がされていても、その株式は法人税法施行令上の有利発行の有価証券に当たるとした原判決の判断を維持しています。当事者間の合意があっても、税務上の時価の判断がそれに従うとは限らないことを示す例です。
東京高等裁判所 平成28年3月24日判決・平成27年(行コ)第371号。裁判所ウェブサイト(判決の要旨)
事業承継税制を使っている会社
法人版事業承継税制の適用を受けている会社で、後継者が猶予を受けている株式の一部を譲渡すると、猶予されている贈与税・相続税の全部または一部を納める必要が生じることがあります。適用中の会社で資本提携を考えるときは、事前に確認してください(事業承継税制の取消し・納税猶予が打ち切られる場合)。
株主間契約で決めておくこと
一部売却・資本提携は、売った後に相手と株主として付き合い続ける取引です。最初に決めておかないと、後で「こんなはずではなかった」となりがちです。
| 項目 | 決める内容 |
|---|---|
| 役員の派遣 | 相手が取締役・監査役を何人指名できるか |
| 事前承諾事項 | 増資、借入、重要な資産の売却、配当など、相手の同意が必要な事項 |
| 情報提供 | 月次の試算表、決算書、事業計画の提出の範囲と時期 |
| 株式の譲渡制限 | 第三者に売るときの相手の同意、先買権 |
| 買い増し・買い戻し | 将来の追加取得(コールオプション)や、売り手が売る権利(プットオプション)、価格の決め方 |
| 共同売却 | 一方が第三者に売るとき、もう一方も同じ条件で売れる権利(タグ・アロング)、一緒に売らせる権利(ドラッグ・アロング) |
| 競業避止・取引条件 | 提携先との取引の条件、競合する事業の扱い |
| 契約の終了 | 提携を解消するときの株式の扱い |
特に重要なのが、提携がうまくいかなかったときの出口です。相手が少数株主のまま関係が悪化すると、株式を買い戻そうとしても価格で折り合わず、長く揉めることがあります。株主間契約の詳細は株主間契約で決めておくべきことで解説しています。
銀行・従業員・取引先から見た資本提携
銀行
新株の発行で資金が会社に入れば、自己資本が厚くなり、銀行からの評価は上がりやすくなります。著書のモデルでは、債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))を健全性の目安にしていますが、増資の資金で借入を返したり現預金を厚くしたりすれば、この数字も改善します。一方、オーナーが株式を売るだけなら、会社の財務は変わりません。
信用力のある会社が株主に入ることは、銀行から見て安心材料になることもあります。ただし、借入の契約に、株主の構成が変わったときの届出や同意の条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)がある場合は、事前に確認してください(取引先との契約のチェンジオブコントロール条項)。
従業員・取引先
「会社が売られた」と受け止められないよう、資本提携の目的と、経営の体制が変わるのかどうかを丁寧に説明することが大切です。提携先が競合他社と取引している場合は、既存の取引先がどう受け止めるかも考えておきます。
まとめ
- 一部売却・資本提携では、相手に渡す保有比率が重要。3%、10%、3分の1、過半数、3分の2という区切りで、相手の権利が強くなる
- 少数の株式は支配権がない分、価格が低くなりやすい。段階的な売却では、将来の価格の決め方も最初に決める
- オーナーが法人に安く売ると、時価で譲渡したとみなされることがある。最高裁令和2年3月24日判決は、譲渡人の支配力に応じて時価を判断するとした
- 新株の発行では資金が会社に入る。払込金額が特に有利なら株主総会の特別決議と理由の説明が必要で、税務上の有利発行にも注意する
- 役員の派遣、事前承諾事項、買い増し・買い戻し、出口の方法は、株主間契約で最初に決める
クレフティでは、公認会計士・税理士の髙橋優太がベンチャーのCFOとして資本政策に携わり、三浦孝友が大手FASでバリュエーションやM&Aの会計税務の検証に携わってきました。事業承継・M&A支援では、一部売却・増資の株価算定、税務上の時価の検討、株主間契約のセカンドオピニオン、資本政策の設計をご相談いただけます。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
