オーナーが亡くなり、遺された家族が「会社を売る」と決めることがあります。後継者がいない、あるいは相続税の納税資金が必要という事情からです。ところが、相続人が複数いて遺産分割がまだの場合、株式を売る手続は単純ではありません。株式は相続人全員の共有になっており、1人の判断では売れないからです。
この記事では、相続人が複数いる株式を売るときの会社法・民法のルール、遺産分割してから売るか、売ってから代金を分けるかの選択、それぞれの譲渡所得の申告、そして換価分割・代償分割の区別が争われた国税不服審判所の裁決を紹介します。
- 共同相続された株式は当然には分割されず、遺産分割まで相続人の準共有(最高裁平成26年2月25日判決)
- 議決権の行使は持分の過半数で決められることがあるが、株式を売る(処分する)には相続人全員の同意が必要
- 売り方は、①遺産分割で取得者を決めてから売る、②全員で売って代金を分ける(換価分割)、③取得者が売って他の相続人に代償金を払う、の3つ
- 未分割で売った場合の譲渡所得は、原則法定相続分で申告。申告期限までに分割すれば取得割合で申告できる
- 換価分割か代償分割かは、合意の内容と実態で判断される(平成17年・平成7年の裁決)。分割協議書の書き方が税金を左右する
相続した株式は「共有」になる
当然には分割されない
預金と違って、株式は相続人の数で自動的に分かれません。最高裁平成26年2月25日第三小法廷判決(平成23年(受)2250号、民集68巻2号173頁)は、株式には剰余金の配当を受ける権利などのほか、議決権などの権利も含まれることから、共同相続された株式は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないとしました。遺産分割までは、相続人全員の準共有(民法264条)です。
議決権と、売ることは別
共有の株式で議決権などを行使するには、権利行使者を1人決めて会社に通知します(会社法106条)。最高裁平成27年2月19日第一小法廷判決(平成25年(受)650号、民集69巻1号25頁)は、共有株式の議決権の行使は、それにより株式が処分され、または株式の内容が変更されるなどの特段の事情がない限り、共有者の持分の価格に従い過半数で決めるとしました。議決権の詳しい仕組みは相続で共有になった株式の議決権で解説しています。
これに対し、株式そのものを売ることは共有物の処分です。民法251条は、共有物に変更を加えるには他の共有者の同意が必要と定めており、処分も含めて全員の同意が必要と考えられています。M&Aの実務では、買い手は相続人全員が売主として契約書に署名するか、遺産分割で取得者を確定させてから契約することを求めるのが通常です。
| 行為 | 決め方 | 根拠 |
|---|---|---|
| 権利行使者の指定 | 持分の価格の過半数 | 会社法106条、最高裁平成9年1月28日判決 |
| 議決権の行使(役員選任など) | 特段の事情がない限り持分の価格の過半数 | 最高裁平成27年2月19日判決 |
| 株式の売却(処分) | 相続人全員の同意 | 民法251条・264条 |
| 遺産分割 | 相続人全員の協議(まとまらなければ家庭裁判所) | 民法907条 |
売り方は3つ
| 方法 | 流れ | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| ①分割してから売る | 遺産分割で株式の取得者を決め、その人が売る | 後継者・取得者がはっきりしている | 取得しない相続人との公平。代償金の資金 |
| ②換価分割 | 相続人全員で売り、代金を分割協議の割合で分ける | 誰も会社を継がない。全員が売却に賛成 | 全員の署名・押印が必要。1人でも反対すると進まない |
| ③代償分割 | 1人が株式を取得して売り、他の相続人に代償金を払う | 交渉の窓口を1人にしたい | 代償金は譲渡所得の計算で差し引けない(下記の裁決) |
M&Aの交渉は数か月かかります。その間に相続人の意見が変わると、買い手は取引をやめることがあります。交渉に入る前に、遺産分割の方針(少なくとも株式をどう扱うか)を相続人の間で書面にしておくことが大切です。
なお、遺産分割の前に相続人の一部が勝手に遺産を処分した場合でも、共同相続人全員の同意(処分した本人の同意は不要)で、その財産が遺産分割時に存在するものとみなすことができます(民法906条の2)。
税金:誰が、いくらの譲渡所得を申告するか
未分割で売った場合:原則は法定相続分
国税庁の質疑応答事例は、未分割の遺産を換価した場合の譲渡所得について、次のように整理しています(国税庁「未分割遺産を換価したことによる譲渡所得の申告とその後分割が確定したことによる更正の請求、修正申告等」)。
- 換価代金を後日分割する場合でも、換価時の法定相続分で各相続人が申告する
- ただし、所得税の確定申告期限までに換価代金が分割され、共同相続人全員がその取得割合で申告した場合は、それも認められる
- 期限までに分割されず法定相続分で申告した後に代金を分割しても、更正の請求や修正申告はできない
つまり、株式を売った翌年の3月15日までに代金の分け方を決めておかないと、実際の取り分と申告の割合がずれたままになることがあります。
換価分割か、代償分割か:裁決事例
分割の形によって、誰の収入としていくら課税されるかが変わります。国税不服審判所では、次のような判断が示されています(公表裁決事例要旨「換価分割」、「遺産分割による代償金」)。
| 裁決 | 事案 | 判断 | 分かれ目 |
|---|---|---|---|
| 平成17年5月18日裁決(裁決事例集No.69) | 相続人の1人が「代償分割であり、自分の持分で計算すべき」と主張 | 換価分割と認定。収入金額は本人が換価分割で取得した代金 | 売却して代金を分けると合意し、代償債務を負う合意がなく、他の相続人も換価分割として申告していた |
| 平成7年1月27日裁決(裁決事例集No.49) | 調停で1人が土地を取得して代償金を払い、その後売却。本人は「実質は換価分割」と主張 | 代償分割と認定。代償金は譲渡所得の計算で控除できない | 調停調書に単独取得と代償金・遅延損害金の定めがあり、他の相続人は譲渡に関与していない |
| 昭和62年1月16日裁決(裁決事例集No.33) | 代償分割で払った和解金を譲渡費用と主張 | 代償債務の履行であり、譲渡費用に当たらない | 代償金は相続税の課税価格の計算で考慮されるもの |
いずれも不動産の事案ですが、株式でも考え方は同じです。③の代償分割で1人が売ると、その人が売却代金全体の譲渡所得を申告し、他の相続人に払う代償金は差し引けません。全員で売って代金を分けるなら、分割協議書に「換価して代金を分ける」ことを明記し、全員が実際の取得割合で申告するようにします。
取得費加算と、会社に売る場合の特例
相続税が課税された人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに相続財産を売った場合、その人の相続税額のうち一定額を取得費に加算できます(国税庁 No.3267、租税特別措置法39条)。M&Aの交渉が長引いて期限を過ぎると使えなくなるため、売却のスケジュールと特例の期限を照らし合わせることが大切です。
相続した非上場株式を、第三者ではなく発行会社に売る場合は、一定の要件でみなし配当課税をせずに譲渡所得として課税する特例があります。詳しくは相続した株式を会社に売る特例をご覧ください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る相続人の意見がまとまらないとき
| 状況 | 対応 |
|---|---|
| 相続人の1人が売却に反対 | 遺産分割協議で、売却に賛成する相続人が株式を取得する形を目指す。まとまらなければ家庭裁判所の調停・審判 |
| 相続人の1人と連絡が取れない | 不在者財産管理人の選任などを検討(家庭裁判所) |
| 株式が分散していて、別の株主も相続した | 定款に定めがあれば、会社が相続人に売渡しを請求できる(会社法174条)。株主総会の特別決議と財源規制がある |
相続人等に対する売渡請求は、会社が株式を買い集める手段ですが、決議の方法や価格の決め方に注意点があります(相続人等に対する売渡請求)。また、後継者以外の相続人との公平は、遺留分の問題にもつながります(後継者以外の相続人との公平)。
経営の空白にも注意
遺産分割がまとまらない間も、会社は動いています。代表取締役が亡くなった場合、取締役会や株主総会で新しい代表を選ぶ必要がありますが、株主総会の議決権は共有株式の権利行使者を決めないと行使できません(代表取締役がいなくなったときの手続き)。経営の空白が長引くほど会社の価値は下がり、買い手が見つかりにくくなります。
買い手・銀行・従業員から見た「相続人が売る会社」
買い手は、売主が誰か、全員が同意しているかを最初に確認します。共有のままの株式は、売主の意思がそろわないリスク、契約後に一部の相続人が異議を述べるリスクがあるためです。表明保証では、売主が株式を有効に所有し、処分の権限があることを保証させるのが一般的です(株式譲渡契約の要点)。
銀行は、オーナーの死亡で借入の経営者保証がどうなるか、新しい代表が誰になるかを見ています。売却の方針が決まらないままでは、新規の融資や借換えに慎重になることがあります(口座の凍結・借入・経営者保証はどうなるか)。
従業員と取引先にとっては、「誰が会社の行き先を決めるのか」が見えないことが一番の不安です。相続人の代表者と経営の担当者を早めに決め、方針を伝えることが、会社の価値を守ることにもつながります。
まとめ
- 共同相続された株式は遺産分割まで準共有。議決権は持分の過半数で決められても、売るには全員の同意が必要
- 売り方は、分割してから売る・換価分割・代償分割の3つ。交渉前に相続人の方針を書面にしておく
- 未分割で売れば、譲渡所得は原則法定相続分で申告。確定申告期限までに分割すれば取得割合で申告できる
- 換価分割か代償分割かは合意の内容と実態で判断される。代償金は譲渡所得の計算で差し引けない
- 相続税の取得費加算(申告期限の翌日以後3年まで)と、会社に売る場合の特例の期限を確認する
オーナーが亡くなった後の流れは事業オーナーが亡くなったら、次の日から会社はどうなるか、売却の途中で亡くなった場合は売却の途中でオーナーが亡くなったらもご覧ください。クレフティでは事業承継・M&A支援として、相続人の間での分け方に応じた譲渡所得・相続税の試算、売却と特例の期限のスケジュール作り、株価算定をお受けしています。遺産分割の交渉そのものは弁護士の領域のため、必要に応じて弁護士への相談もおすすめします。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。
