「会社を売ることを考え始めたのですが、誰に相談すればよいでしょうか」。この質問に、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、まず身近な支援機関に相談することを勧め、実際には顧問の士業等専門家(特に顧問税理士)に相談することも多いと思われると記載しています。
顧問税理士は、会社の数字と社長の家族の事情を一番よく知っている専門家です。一方で、ガイドラインは、DDやバリュエーションといったM&Aの業務は税理士の本来の業務に直接は含まれず、M&Aに積極的に携わる税理士は限られるとも率直に書いています。
この記事では、ガイドライン第2章の「税理士」の項目をもとに、売り手の顧問税理士がM&Aで果たす役割を整理し、売り手の税務で問題になった判例・裁決もあわせて紹介します。
- ガイドラインは、税理士に8つの支援を期待している:適正な申告と助言、経営者保証解除、課税関係を踏まえた助言、登録免許税等の特例、税務DD、バリュエーション、マッチング、債務超過企業の支援
- 売り手の顧問税理士の最大の役割は、買い手のDDに耐える決算書と株主関係を整えること。名義株、役員貸付金、議事録の整備などは早く始めるほど効く
- 株式譲渡か事業譲渡か、退職金を組み合わせるかで、手取りは大きく変わる。国民健康保険料や印紙税まで含めて試算する
- 株式の「時価」は争いになりやすい。最高裁令和2年3月24日判決、令和7年9月10日裁決など、低い価格での譲渡が問題になった例がある
- 顧問業務の範囲外になる部分は、事前に範囲と報酬を確認し、必要ならM&A専門の専門家と連携する
ガイドラインが税理士に期待する8つの支援
ガイドラインは、税理士の使命(税理士法1条)と業務(同法2条)を確認したうえで、税理士は中小企業の経営者にとって身近な相談役であり、税務・会計に限らず、経営支援、金融支援といった多面的な支援を行いうる立場にいるとして、M&Aでも積極的な支援を期待しています。主な支援内容として挙げられているのは次の8つです。
| No. | 支援内容 | 売り手にとっての意味 |
|---|---|---|
| ① | 適正な税務申告書等の作成等(助言義務、コーポレート・ガバナンスの構築支援、株式・事業用資産等の整理・集約の支援) | 買い手のDDに耐える決算書と株主関係をつくる |
| ② | M&Aに伴う経営者保証解除の円滑な実現に向けた支援 | 売却後に個人保証が残らないようにする |
| ③ | 課税関係等を踏まえた適切な助言及び提案 | 株式譲渡・事業譲渡・退職金の組み合わせで手取りを比べる |
| ④ | 中小企業等経営強化法の登録免許税・不動産取得税の特例、許認可承継の特例 | 事業譲渡などのコストを下げる |
| ⑤ | 税務DD | 買い手のDDへの資料提供・インタビュー対応 |
| ⑥ | バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価) | 提示された価格の妥当性を確認する |
| ⑦ | マッチングサイト等の活用 | 税理士が仲介者・FAとして主導する場合 |
| ⑧ | 債務超過企業に対するM&A支援 | 債務超過でも事業に価値があれば引継ぎを検討する |
あわせてガイドラインは、M&Aに関連する業務は専門性が高く多岐にわたるため、税理士は他の支援機関と連携して業務を進める必要があるとしています。
役割①:買い手のDDに耐える決算書と株主関係をつくる
助言義務と「粉飾」の問題
ガイドラインは、M&Aを進める中で対象企業の粉飾決算が明らかになり、M&Aが困難になる場合があると指摘しています。そして、税理士は、期末在庫の操作や売上の水増しなどの不正会計を確認した場合には、適切な助言・指導をすべき注意義務があり、税理士法41条の3は、委嘱者が不正に税を免れている事実などを知ったときは直ちに是正を助言しなければならないと定めている、と確認しています。
銀行のために見栄えをよくした決算書は、M&Aでは逆効果です。買い手のDDで発見されれば、価格の引下げや表明保証の強化、最悪の場合は破談につながります。DDでよく見つかる問題はDDでよく見つかる問題で解説しています。
コーポレート・ガバナンスと株式の整理
中小企業では、株主名簿や株主総会・取締役会の議事録が整っていないことが少なくありません。ガイドラインは、こうした整備が買い手の円滑なM&Aの判断に資することもあるとして、税理士に整備の支援を期待しています。
さらに、M&Aの障害になりやすい次のような項目の整理も、税理士の役割として挙げられています。
| 項目 | なぜ問題になるか |
|---|---|
| 名義株 | 株主名簿上の株主と実質の株主が違うと、株式譲渡の相手方が確定しない |
| 所在不明株主 | 全株式の譲渡ができない |
| 役員社宅 | 売却後に社長個人と会社の関係を整理する必要がある |
| 役員貸付金・役員借入金 | 売却時に精算が必要。価格や手取りに直結する |
| 役員保険 | 解約・名義変更の扱いを決める必要がある |
名義株の整理は名義株とは、所在不明株主は所在不明株主の株式の整理をご覧ください。こうした整理は、買い手が見つかってからでは間に合わないことがあります。売ると決める前から、顧問税理士と一緒に進めておくのが理想です。
役割②:手取りを最大化する課税関係の助言
ガイドラインは、M&Aは株式譲渡か事業譲渡で行われることが多く、代表者交代のタイミングであることから役員退職慰労金の支払と組み合わせることもあるとし、それぞれのメリット・デメリットを総合的に勘案した助言やスキームの提案を税理士に期待しています。
| 手法 | 売り手の税金(ガイドラインの記載を要約) | 主な留意点 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 譲渡益に対する分離課税(20.315%)で課税関係が終了 | 簿外債務などは買い手に引き継がれるため、表明保証が重くなりやすい |
| 事業譲渡 | 対価は法人に入り法人税等。個人に配当・役員報酬で戻すと総合課税(15.105%〜55.945%)。分離課税となる役員退職慰労金との併用も | 資産ごとの移転手続き、不動産取得税・登録免許税、消費税、許認可の取り直し |
ガイドラインは、このほかにも次の点に留意するよう記載しています。
- 経営者個人に所得が生じた場合、所得税・住民税のほか、会社の社会保険に加入していないときは国民健康保険料または後期高齢者医療保険料にも影響がある
- 株式譲渡契約書は一般に印紙税の非課税文書だが、代金受領の記載がある場合は課税文書(第17号の1文書)になる
所得が大きい年の追加の所得税は株式売却益と高所得者の追加課税(試算)、退職金を組み合わせる場合の否認リスクは退職金スキームとはで解説しています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る役割③:税務DDへの協力と、価格の妥当性の確認
税務DDへの協力
買い手は、売り手の会社の税務リスク(過去の申告の誤り、税務調査の状況、組織再編の処理、欠損金の使用可能性など)を税務DDで調べます。ガイドラインは、税務DDでは対象会社の経営陣や顧問税理士へのインタビューが行われるのが一般的とし、顧問税理士は、資料の提供や過去の会計処理・税務処理についてのインタビューに積極的に協力することが望ましいとしています。
過去の処理を一番よく説明できるのは顧問税理士です。インタビューで説明があいまいだと、買い手は「リスクがある」と判断し、価格の引下げや特別補償の条項を求めてきます。税務DDの中身は税務デューデリジェンスをご覧ください。
バリュエーションの確認
ガイドラインは、財産評価基本通達の純資産価額方式は時価純資産法に似ており、税理士の業務知識でも対応可能と考えられるとして、譲渡対価の妥当性について相談を受けた場合に適切な助言を期待しています。一方で、企業価値評価・事業価値評価にはさまざまな方法があり、判断が困難な場合も想定されるとしています。
相続税評価額とM&Aの価格は、目的も計算方法も違います(相続税評価額とM&Aの価格の違い)。顧問税理士が出した相続税評価額を、そのまま売却価格の目安にしてしまうと、交渉で不利になることがあります。
判例・裁決:売り手の「時価」が問題になった例
売り手の税務で特に注意が必要なのが、親族や関係会社など、第三者でない相手に株式を売る場合の時価です。顧問税理士が関わる場面として、次の事例が参考になります。
| 事例 | 争点 | 結論 | 実務への示唆 |
|---|---|---|---|
| 最高裁第三小法廷 令和2年3月24日判決(平成30年(行ヒ)第422号)(判決原文) | 個人が法人に取引相場のない株式を譲渡した場合の所得税法59条1項の「その時における価額」 | 譲受人が財産評価基本通達で配当還元価額によって評価する株主に当たることを理由に、配当還元価額で評価した原審の判断に違法があるとして、破棄差戻し | 譲渡所得の時価は、譲渡した側の立場を踏まえて考える必要がある。「買い手から見て少数株主だから低い価格でよい」とは限らない |
| 国税不服審判所 令和7年9月10日裁決 | 親族が経営する会社に、訴訟上の和解で成立した価額で株式を譲渡した場合の時価 | 原処分庁は、時価は評価通達の原則的評価方式で算出すべきで、譲渡価額は時価の2分の1に満たないとして、時価で譲渡したとみなす更正処分をした事案(審査請求は棄却) | 和解で決めた価格でも、税務上の時価と大きく離れていれば、みなし譲渡課税の対象になりうる |
| 国税不服審判所 令和6年3月25日裁決 | 相続で取得した取引相場のない株式の評価 | 評価通達の定めによる評価が著しく不適当として、国税庁長官の指示を受けて評価した価額による更正処分等が行われ、審査請求は棄却 | 承継前の株価対策が行き過ぎると、通達どおりの評価が認められないことがある |
個人が法人に、時価の2分の1未満の価額で資産を譲渡した場合は、時価で譲渡したものとみなされます(所得税法59条1項2号)。親族の会社への売却やMBOでは、価格の根拠を、譲渡した側の立場で説明できるかを、顧問税理士と事前に確認しておく必要があります。株式の低額譲渡の考え方は個人株主が株式を売ったときの税金でも解説しています。
顧問税理士との付き合い方と、銀行の目線
業務範囲と報酬を先に確認する
ガイドラインは、M&Aに関連する業務が通常の顧問業務の範囲外となる場合は、事前に顧問先に説明し、業務内容や報酬について了承を得ることも必要としています。次のように、役割分担を最初に決めておくと、後で行き違いが起きにくくなります。
| 業務 | 顧問税理士 | M&A専門家(仲介者・FA、M&Aに強い公認会計士・税理士など) |
|---|---|---|
| 過去の申告・会計処理の説明、資料提供 | ◎ | ― |
| 株主関係・役員取引の整理 | ◎ | ○ |
| 手取り額の試算(所得税・住民税・保険料) | ◎ | ○ |
| バリュエーション・価格交渉の助言 | ○ | ◎ |
| 税務DDの対応(売り手側) | ◎ | ○ |
| 組織再編を使ったスキームの検討 | ○ | ◎ |
顧問税理士がM&Aに詳しくない場合でも、変える必要があるとは限りません。M&Aの部分だけ、専門家にセカンド・オピニオンを求める方法があります(M&A・事業承継に強い税理士の選び方)。
銀行から見た顧問税理士
銀行は、決算書の信頼性を見るときに、誰が決算書を作っているかも見ています。M&Aでも同じで、買い手や買収資金を貸す銀行は、売り手の決算書が実態を表しているかを確かめます。日頃から実態に沿った決算書を作り、説明できる状態にしておくことが、銀行にとっても買い手にとっても、会社の価値を裏付けることになります。
まとめ
- 中小M&Aガイドラインは、税理士に8つの支援を期待している。最初の相談先として顧問税理士は自然な選択
- 売り手の顧問税理士の最大の役割は、DDに耐える決算書と株主関係を整えること。名義株・役員取引・議事録の整理は早く始める
- 株式譲渡・事業譲渡・退職金の組み合わせで手取りは変わる。保険料や印紙税まで含めて試算する
- 親族や関係会社への譲渡では、最高裁令和2年3月24日判決や令和7年9月10日裁決のように時価が争われうる。価格の根拠を残す
- 顧問業務の範囲外になる部分は、範囲と報酬を先に確認し、必要ならM&A専門の専門家と連携する
クレフティには、大手FASでFA・財務DD・バリュエーションを担当してきた公認会計士・税理士、大手監査法人でM&A支援を経験した公認会計士・税理士が在籍しています。顧問税理士の先生と連携しながら、売り手側の税務DD対応、手取り額の試算、価格のセカンドオピニオンを、事業承継・M&A支援の中でお引き受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
