M&Aは、成約した瞬間がゴールではありません。成約後に社員が辞めてしまう、期待した売上が伸びない、売り手と買い手の関係がこじれて訴訟になる──こうした「失敗」は、契約書にサインした後に表に出てきます。
では、うまくいくM&Aと失敗するM&Aは、どこで分かれるのでしょうか。この記事では、中小企業庁の「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)が引用する調査データと、「中小M&Aガイドライン(第3版)」が挙げる最終契約後のトラブルのリスクをもとに、成功と失敗を分ける要因を整理します。代表の相亰はベンチャーのM&A仲介会社で役員を務めた経験があり、仲介の実務から見ても、ここで挙げる論点は繰り返し問題になるものです。
- M&Aの「成功」は成約ではなく、当初に期待した効果を実現できるかで決まる(中小PMIガイドライン)
- 調査では、M&A後の満足度が期待を下回った企業は24%。理由は相乗効果が出なかった(44.7%)、相手先の経営・組織体制が脆弱だった(36.8%)、相手先の従業員に不満があった(28.9%)、買収価格が高すぎた(23.7%)など
- 成果を得た企業の約6割が、基本合意の前かDD中に統合の検討を始めていた
- 失敗の典型は、目的があいまい、価格が高すぎる、DD不足、最終契約後の支払いや条件の争い、引継ぎの失敗
- 売り手が最も重視するのは従業員の雇用維持(82.7%)。価格以外の条件も契約に落とし込む
M&Aの「成功」とは何か
中小PMIガイドラインは、M&Aの「成功」は、その成立ではなく、M&Aの目的として当初に期待された効果を実現できるかどうかによると述べています。そのために必要なのが、M&A成立後の統合作業であるPMI(Post Merger Integration)です。ガイドラインはPMIの取組を「経営統合」「信頼関係構築」「業務統合」の3つの領域に分け、PMIは成立後だけでなく、M&Aの成立前から準備する必要があるとしています。
また、ガイドラインは、成功の定義は企業によって様々で、売上や利益などの数字だけに縛られる必要はなく、中長期の時間軸で定義することも有効だとしています。「後継者がいない会社を引き継いで、地域の雇用と取引を守る」「技術者を確保して新しい分野に出る」など、何をもって成功とするかを先に言葉にしておくことが、出発点になります。
データで見る:期待を下回った理由
中小PMIガイドラインは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査(「成長に向けた企業間連携等に関する調査」2017年11月)を引用し、M&A実施後の総合的な満足度と、期待を下回った理由を示しています。
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 満足度(n=475) | ほぼ期待どおり46.7%、期待をやや下回る16.4%、期待を大きく下回る7.6%(期待を下回ると回答した者は計24%) |
| 期待を下回った理由(n=114、複数回答) | 相乗効果が出なかった44.7%、相手先の経営・組織体制が脆弱だった36.8%、相手先の従業員に不満があった28.9%、買収価格が高すぎた23.7%、企業文化・組織風土の融合が難しかった22.8%、経営・事業戦略の統合が難しかった7.9%、その他5.3% |
ガイドラインは、これらの理由はM&A後の統合作業にも関わるものだとして、PMIを成功させることが、M&Aそのものを成功とし得るかどうかに大きく影響すると述べています。
成果を得た企業は、統合の準備を早く始めている
同じくガイドラインは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「M&Aの実態調査」(2020年9月)を再編加工し、PMIの検討開始時期とM&Aの効果の関係を示しています。「期待を上回る成果」「ほぼ期待どおりの成果」と答えた企業の約6割が、PMIの検討を「基本合意締結前」または「DD実施期間中」に開始していました。
つまり、うまくいく買い手は、価格を決める前から「買った後に誰が何をするか」を考えています。買収後の姿が具体的であれば、いくらまでなら払えるか、DDで何を確かめるべきかもはっきりします。
買い手の側から見た、成功と失敗の分かれ目
買い手が心配していること
中小PMIガイドラインは、中小企業白書(2021年)の調査(東京商工リサーチ「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」)から、M&Aを実施した企業の心配事項も紹介しています。上位は、相手先従業員等の理解が得られるか不安がある(32.4%)、期待する効果が得られるかよく分からない(30.8%)、仲介等の手数料が高い(29.8%)、判断材料としての情報が不足している(25.6%)、相手先の企業価値評価の適正性に不安がある(23.1%)などです。
心配事項と、期待を下回った理由を並べると、成功と失敗の分かれ目が見えてきます。
| 分かれ目 | うまくいくM&A | 失敗するM&A |
|---|---|---|
| 目的 | 何を実現すれば成功かを言葉にしている | 「売りに出ていたから」「規模を大きくしたいから」 |
| 価格 | 買収後の計画から逆算して上限を決める | 競争に引きずられて高く買う(期待を下回った理由の23.7%) |
| DD | 価格と事業の前提に関わる論点を確認する | 経営者の説明だけで判断する |
| 人 | 従業員への説明と処遇を早くから準備する | 成約後に一方的に方針を変える(従業員の不満28.9%) |
| 統合の準備 | 基本合意前・DD中から検討を始める | 成約してから考える |
| 売り手経営者 | 引継ぎ期間と役割を契約で決め、信頼関係を保つ | 引継ぎがあいまいで、取引先や技術が離れる |
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る最終契約の後に起きるトラブル
中小M&Aガイドライン(第3版)は、最終契約の後のトラブルのリスクとして、次のような点を挙げています。
| リスク | ガイドラインの指摘 |
|---|---|
| 経営者保証が外れない | 保証の解除・移行を最終契約で買い手の義務やクロージングの条件として位置づけることを検討すべき |
| DDを行わない | 経営者からのヒアリングだけでリスクを評価するには限界がある |
| 表明保証の範囲があいまい | 期間や責任上限がない、適用場面が明確でない規定は、売り手が過大な責任を負う争いになりやすい |
| クロージング後の支払い | 譲渡対価の分割払い、役員退職慰労金のクロージング後払い、株式の段階的取得は、事業や買い手の状況によって不履行のリスクがある |
| 価格の事後調整 | アーンアウト条項、株価調整条項、支払金の返還条項は、条件や計算方法があいまいだと争いになる |
| 会社と個人の財産の整理 | 最終契約の後に整理すると合意内容が大きく変わり、争いになるリスクがある |
特に注意したいのが、売り手経営者が引継ぎのために会社に残り、退職金を後から受け取る形です。ガイドラインは、こうした支払いが不履行になるリスクを指摘しています。加えて税務上も、会社に残っている間は退職の事実が認められず、退職金が損金にならないおそれがあります(役員退職金が否認されるケース参照)。悪質な買い手による資金の流出などのトラブルは悪質な買い手・トラブル事例と身を守る方法で取り上げています。
売り手にとっての「成功」
中小PMIガイドラインが引用する中小企業白書(2021年)の調査では、譲渡側が重視する事項は次のとおりです。
| 順位 | 重視する事項 | 割合 |
|---|---|---|
| 1 | 従業員の雇用維持 | 82.7% |
| 2 | 売却価額 | 48.9% |
| 3 | 会社や事業の更なる発展 | 47.6% |
| 4 | 取引先との関係維持 | 32.7% |
| 5 | 会社の債務の整理 | 26.7% |
| 6 | 経営陣や従業員の人柄や意向 | 25.1% |
| 7 | 売却後の経営者・役員の待遇 | 20.9% |
売り手にとっての成功は、価格だけでは測れません。雇用の維持、取引先への説明、経営者保証の解除、引継ぎ期間の処遇といった、価格以外の条件を最終契約に具体的に書けたかが、売却後の満足度を左右します。一方で、最終契約で約束できるのは「雇用維持の努力義務」程度にとどまることも多く、相手の人柄や経営方針を見極めることも欠かせません。
売り手ができる準備:成功の確率を上げるために
M&Aの成否は買い手の統合力に左右されますが、売り手の準備で防げる失敗も少なくありません。期待を下回った理由の上位にある「相手先の経営・組織体制が脆弱だった」「相手先の従業員に不満があった」は、売り手の側から見れば、社長がいなくなった後に回る体制ができていなかったということでもあります。
- 社長しか知らないことを減らす:取引先との窓口、価格の決め方、金融機関との交渉を、幹部と共有しておく
- 数字を整える:月次の試算表を早く出せる、部門別・取引先別の損益が分かる。買い手は正常収益力を確かめやすくなり、価格の根拠も示しやすい
- 会社と個人の財産を分ける:個人名義の事業用不動産、会社の資産の私的な利用、役員貸付金・借入金を整理する
- 引継ぎの期間と役割を決める:残る期間、肩書き、報酬、退職金の時期を、税務も含めて最終契約で決める(売却後、オーナーは会社に残るのか参照)
こうした準備は、売る前の磨き上げで詳しく解説しています。準備ができている会社ほど、買い手の不安が小さくなり、DDも短く済み、価格の交渉でも主導権を持ちやすくなります。
価格と銀行の視点:高すぎる買収は財務を傷める
「買収価格が高すぎた」は、期待を下回った理由の23.7%を占めます。高く買うと、純資産を超えて払った部分がのれんとして計上されます。会計上は、のれんは20年以内の効果の及ぶ期間にわたって償却するのが原則で、収益力が落ちれば減損で一度に損失が出ます(のれんの会計処理参照)。
金融機関は、のれんの大きさと買収後の返済能力を見ます。著書のモデルでは、債務償還年数「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」が10年以内を健全、20年超は厳しい水準としています。買収資金を借りて、統合がうまくいかずに利益が出なければ、この年数は急速に悪化し、次の融資が受けにくくなります。うまくいくM&Aは、買収後の数字で返済できるかを先に確かめてから価格を決めています。融資の考え方はM&A・買収資金の融資、価格の考え方は中小企業M&Aは正常EBITDAの何倍で取引されるかをご覧ください。
まとめ
- M&Aの成功は、成約ではなく当初の目的を実現できるかで決まる
- 調査では、満足度が期待を下回った企業は24%。理由の上位は相乗効果、相手先の経営・組織体制、従業員の不満、買収価格
- 成果を得た企業の約6割が、基本合意前かDD中から統合の検討を始めていた
- 最終契約の後は、経営者保証、表明保証、クロージング後の支払い、価格の事後調整がトラブルの種になる
- 売り手が最も重視するのは従業員の雇用維持。価格以外の条件を契約に落とし込む
- 高すぎる買収は、のれんと借入を通じて財務と融資を傷める
買収後の統合は買収後の統合(PMI)で失敗しないために、M&Aの流れはM&Aはどう進むのかで解説しています。クレフティでは事業承継・M&A支援として、株価算定、財務・税務デューデリジェンス、買収資金の資金調達支援、契約条件のセカンドオピニオンをお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
